第18話 娘と息子〔2〕

 オーク公爵は醜い。カーティスにはその美意識にも許せないところがあるらしい。


「お父さん、恥ずかしい」


 娘が小学生の時、授業参観日に行った日に娘に直接言われた言葉だった。ショックだった。思えば、娘が産まれてから幸せだったために太ってしまっていた。


 すぐにフィットネスクラブに通うことにして、仕事に支障のない程度に身体を鍛えるようになった。

 娘が中学生に上がる頃には、なんとか平均的な身体になった。

 高校に上がる頃には腹筋に割れ目ができた。

 それからは定期的に運動をするようになった。


 とにかく、カーティスには親としての姿と誠意を見せないといけないだろう。


 まずが姿だ。

 目標としての親父の背中なんていうキザでかっこいいもんじゃない、単なる肉体としての姿だ。

 フィットネスの設備を作ることは難しかったが、いくつか特定の部位を鍛えるマシーンを開発させた。ウォーキングで脂肪を燃焼させる以外にもきちんとした筋肉を作ることで一日のカロリー消費も増える。これも大切なことだ。

 タンパク質も筋トレの後にはしっかりとる。食べないだけでは意味がない。自然と鳥の料理や大豆などが食卓に並ぶようになった。

 まだまだ道は長いが、どこに出しても恥ずかしくない父になってみせよう。


 問題は誠意だ。

 カーティスは学園では、成績も文句の付け所のないほどだと報告を受けている。

 器量もよく、人づきあいも上手いようだ。公爵家を鼻に掛けない性格でもあり、このあたりはロータスやカレン先生の教育が彼をこじらせないように尽力していたといえる。


 どうしてこんな子が無能などと言われなければならないのか、何が気に入らなかったのか、しかもその才覚は幼少期からわかっていたはずなのにと、考えても浮かんでくるのは疑問ばかりだ。


 そこまで愛してはいない人間との間に遊びでできた子であっても、愛情を傾けることが難しいものなのかは私は知らない。

 反対に愛している人間との間の子には必ず愛情を向けるかというと、それもよくわからない。

 どっちにしても、謂われのない不当な扱いをすることは愚かだと思う。


 奇貨きかくべしのいではないが、不遇な人質であった子楚しそ呂布韋りょふいが珍しいから買って置こうと引き取って世話をし、後に子楚が王になって呂布韋は宰相になって権力を奮うことができた。

 こうした先行投資、先見の明の故事に照らしてみると、バカラはその方面にやはり明るいと見える。

 ただ、仮にカーティスに才がなかったとしても、私はバカラには引き取って欲しかったと思っている。才がなくとも、まともに生活ができる、そういう社会であってほしい。


 一方、同い年のクソガキ王子からの嫌がらせを受けているという報告がある。あのアレンも腰巾着のようだ。まったく金魚の糞みたいに付き従っている人間は他にもいるんだろう。

 こんな気持ち悪いものを見るくらいなら、ファンディスクにあるというカーティスとアリーシャの禁断の兄妹愛の物語の方がよっぽど価値がある。


 ちょうどカーティスが別邸に帰ってきた日に言ってやった。


「お前に非がないのなら、気にすることはない。徹底的にやれ。お前も大切な我が子だ、尻ぬぐいはしてやる」

 

 その言葉にカーティスは表情を変えなかった。


「父上、そんなことできるわけないでしょう?」


 冷静なのは息子の方だった。本当に徹底的にやるのは今は確かにまだまずい。カーティスはそのことを理解しているようだった。

 あきれ果てるような顔をしたが、ただ、「ありがとうございます」とだけ言った。


 今はこれくらいしかしてやれることができないのは情けないが、カーティスも守り抜く。お前が胸を張って真っ当に生きられるよう、私も邁進まいしんしていこう。

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