第6話:漆黒の影




 獣人がサファイアに殴りかかった瞬間、バチンと凄まじい音がして、獣人が弾け飛んだ。

 玄関扉まで吹っ飛びぶつかった事で、中から何事かと人が出て来る。

 玄関前に倒れて気を失っている獣人と、停まっている馬車の近くで座り込んでいる従者と馭者。


 その二人から1メートル程の所に、漆黒の影が立っていた。

 いや、影かと思うほど全身黒尽くめだが、顔だけは輝いているのかと思うほど白く、美しかった。


 腰まである漆黒の髪に、月光を集めたかのような白く肌理きめ細かい肌。

 神の造形かと誰もが思うであろう美貌。

 左右で色の違う瞳でさえ、その魅力を増す材料でしかない。

 性別を超越した完璧な美を持っているのに、匂い立つような男の色香も併せ持っていた。


 見惚れるほどの美しさなのに、なぜか見てはいけないような気になる。


 皆が動けずにいると、男の視線が自身の腕の中へと移る。

 黒いマントに隠されて見えていなかったが、男の腕の中には守られるように人が居たのだ。

「アレク様」

 甘えるような声を聞き、男が愛おしげに腕の中のサファイアへと微笑んだ。




「何事だ!!」

 騒ぎを聞きつけたのか、はたまた使用人に呼ばれたのか、家主でありこの国の宰相であるジャガール侯爵が玄関へと現れた。


 扉の前に倒れている息子を見て、馬車停めの近くにへたり込んている使用人に目をやってから、その馬車の前に人が立っている事に、宰相はやっと気が付いた。

 他人の家の前で騒ぎを起こすなどと!

 そんな思いを込めて相手を睨み、すぐに顔色を悪くした。


「何か不手際があったようで、申し訳ございません!」

 何があったかの追求も無く、宰相はいきなり土下座をした。

 宰相という地位と、侯爵という身分のお陰で、ジャガール侯爵は王族以外に頭を下げる事は無い。

 それが非公式な場とはいえ、土下座である。

 使用人達は何も理解していなかったが、主人にならって土下座をした。



「いつまでこんな所に立たせておくつもりだ?お主はたしか、ジャッカルだったか?」

「……ジャガールにございます」

「ふん、何でも良い。早く案内しろ」


 主人に指示された使用人達が、慌てて立ち上がり奥へと早足で去って行く。

 ジャガール侯爵は立ち上がり、顔を上げないまま二人を屋敷内へと招き入れた。

 サファイアにアレクと呼ばれた男は、扉を潜る瞬間、だらしなく倒れている男を足蹴にする。

「おい、ジャッガル。この男も連れて来い」

 サファイアは男の腕の中で「惜しいけど違いますよ、アレク様」と呟き、額へとくちづけをされ、頬を赤く染めた。



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