第35話再来

――酒場




 レナはエルフに深々とフードを被るように指示を出し、それをしぶじぶ承諾したエルフがフードを被ったことを確認してからネーゼの元に向かった。




 「状況を聞いても?」






 「見たとおりだよ。みんなまだ諦めていない。私達はこれから反撃に出るよ。だからその前に、英気を養っているんだよ」




 レナは周囲を見渡すと、数人単位でチームを作っているのが見えた。




 「あれは何?」




 「食事を終えた人から周辺警戒と探索に行ってるんだよ」




 「探索?あれからだいぶ時間が経っているけど、まだ他に誰かいると思っているの?」




 レナはあえて冷たく接する。


 彼女が、自分を魅力し続けたアルベールと張り合える器かどうかを確認するために。


 だが、この状況下で最も整理がついていないのはレナ自身である。


 最愛の人を失い。


 剰え、その男と対峙する図式になってしまっているのだから。




 「いるよ。」




 ネーゼは優しく答えた。


 


 「ううん。本当はいないほうがいいんだよ。だって、逃げ遅れた人がいるってことは、その人が不安な気持ちでいるってことだから。でもね、もしその人がいるのなら、私は絶対に見捨てたりしない。


まだそこに助かる命があるのなら、薬も、料理も、希望だって届けてみせるよ」




 レナにはわかっていた。


 その言葉が、本心から出た言葉だということが。


 濁りや下心すら感じない。


 純粋な思いがそこにある。 


 綺麗としか出てこない、アルベールとは違った形の救済のあり方を掲げている。


 アルベールが今何を考えているのかはわからない。でも確かに、レナと旅をしていたアルベールが掲げていた。いや、願っていたのは救済だったはず。


 その願いは共に同じはずだ。


 だが、こうもあり方が違う。


 犠牲覚悟で人々に問うように救済の道を探させるアルベールと、自らで人類の先陣に立つ彼女とではどうしてもたどる道が異なる。


 育ってきた環境の違いなのか?


 それとも、もともとの個人の力量の差か?


 レナにはどちらが正しいのかわからない。


 でも、アルベールより先にネーゼと出会っていたのなら、レナはけしてネーゼには心を開かなかっただろうと感じていた。




 そんなことを考えているレナに――――






「そうか。なら、それを今ここで見せてもらおうか?」




 聞き覚えのある声が聞こえた。


 心のそこから愛した男の声であり、国中から嫌われた男の声だ。


 この場に少女が漂わせた希望の光を嗅ぎつけたように、絶望の主が顔を出す。






 堂々と不敵に笑い、レナが知るアルベールの面影はもはやない。


 アルベールの後ろにいるミラからも、孤児院で向かい合ったあの柔らかな雰囲気はない。


 そして驚くことに、住民達を始めとするこの場に居るすべての者が一番警戒しているのはアルベールであった。


 力も能力も持たない正真正銘世界最弱の男を前に、誰もが恐れている。


 だが真に恐れるべきは、アルベールが口を開く今この瞬間に至るまで、誰一人としてアルベールの存在に気が付けなかったということだ。 


 周辺の警戒をしていた者達や、これから探索に出向こうとしていた者が中心になってアルベールを取り囲む。


 しかし、アルベールの行く手を阻む者はいない。


 平然とレナとネーゼがいる方向へと向かって来ていた。


 そんな中唯一行動したのは、彼女である。


 人間達が誰一人動けない中飛び出したたった一人のエルフが、レイピア片手にアルベールに斬りかかった。


 だが、彼女の攻撃はアルベールに届くより先に地面に叩きつけられた。


 まるで羽虫を潰したかのように地面を這うエルフ。


 そして、それらの一連の出来事が最初っからなかったようにアルベールは一瞥もせず彼女達に迫る。




 「アルベール!?なぜあなたがここに?」




 「気にするな。ただ、顔を見に来ただけだ。」




 アルベールはレナにそう返し、テーブルに並ぶ料理達へと視線が向けられた。




 「配給か……。なるほど、たった数時間でこの手際は流石に驚いた。」




 アルベールは少し違った笑みを漏らした。


 嬉しそうな笑みだ、探して、探して、探して果てた末にようやく見つけ出したような笑みだ。


 そして、少し懐かしい感覚がアルベールから感じる。




「よし、私も食事を頂こうかな。誰にでも振る舞うのだろ?まさか、私一人を弾くなんて大人げないことはしないでくれよ」




 ネーゼにそう訪ねるアルベールは、微かにレナが知るアルベールであった。


 


 ☆☆☆




 席へと着いたアルベールに食事を運んできたのはネーゼだった。


 アルベールから指定でもあったが、ネーゼ以外の誰もが彼へと近づこうとしなかったからだ。


  


 「お待たせしました。本日限定、ネーゼシチューよ」




 アルベールへと運ばれたシチューからは、食欲を誘う香りが湯気とともにあがる。


 アルベールはしばしシチューを眺める。




 「私を指定しておいて、まさか私の料理が食べれないとでも言うのかな?」




 アルベールはスープを持ち、ネーゼを見て言う。




 「いやまさか。でも、慎重を期すに越したことはない。ミア、毒物及び劇物の類いが混入している恐れは?」 




 「大丈夫だ、お前が死ぬほどの毒性は混入していない」


 


 「なんだよ、入ってるのかよ。」




 「ありゃ、バレちゃった?でもまさか、私の隠し味に文句は言わないよね?私の手作りを所望したのはあなたなんだから」




 「ったく、とんでもない女共だ。主に毒入り料理を勧める従者に、客を毒殺しようとする店員とは。」




 そうやって文句を垂れるアルベールだが、アルベールは毒入りシチューをスプーンで掬い食事を始めた。


 そして――




 「うん、悪くない。だが、少々愛情が不足している気がするけどな」




 ご丁寧に味の感想まで答え、殺気だった住民達を意にも介さずノンキに食事までするさまは、間違いなくレナが共に旅をしたアルベールだった。


 


 レナは思わず力が抜ける。何度も目にしてきたアルベールのその姿に、なんだか嬉しくなってしまったのだ。


 敵方の本陣と呼んでも相違ないこの場所で、優雅に食事を始めることができるものがこの男以外にどこにいるだろうか?


 あれだけ危機感の無い人類に激昂した男が、誰よりも優雅に食事している男と同一人物にどうしても見えなかった。


 それ故に、レナは少し呆れ気味にアルベールに問う。






 「あなたどういうつもり?こんなところにのこのこ出てきて?」




 「言っただろ?単なる挨拶だよ。だがそうだな、顔を見に来ただけだと味気ない。よし。次は、君が言っていた希望とやらを見せてもらおうか?教えてくれ、君はどんな英雄(希望)になるのか?そして、その先に望む未来を」




 住民達がアルベールに向ける感情は決まっていたが、レナだけは少し異なった。


 純粋に興味があった。


 この二人の問答のその先には、一体何があるのだろうかと。


 同じ目的を持つ二人が別の道を進み。


 別の道を進む以前から異なっていた主義主張が、今ここでどちらが勝るのか?と。


 








「いいわ、教えてあげる。私が目指す英雄(希望)を。そして、その先の未来をね」




 アルベールはネーゼに体を向けた。


 アルベールとネーゼが初めて出会ったあの時と同じ構図だ。


 そしてやはりというべきか、アルベールが向ける視線もあの時とまったく同じだった。


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