第30話 移動

ムツキは今、馬車に揺られていた。

先日、トラブルに巻き込まれた関係で貴族達からの注目を集めてしまい、シュナイゼル王から少し王都から離れるように頼まれたのだ。


シュナイゼル王が言うには、やはり変にちょっかいを出そうとする貴族がいるとも分からないそうで、せっかくなのでムツキも観光がてらどこかへ行こうと考えたのである。


結果、このエクリア帝国で帝都の次に栄えている商業の町バンヤンハイへと遊びにいく事にしたのだ。


2週間ほどの予定であるが、その間にはエレノアとのデートの約束があったので、エレノアが軽く拗ねてしまうといったトラブルもあった。

ついて行きたいとエレノアは言っていたのだが、そもそもこれはエレノアがムツキとデートしていた事で変にちょっかいを出してくる貴族がいた時の為の対応なので、2週間も一緒に旅に出るのは本末転倒であったし、エレノアは少し前まで国内視察の為に学校を休んでいた為、また学校を休んでどこかにいくと言うのも憚られた。


拗ねていたエレノアだが、メイドのメルリスの提案で、ムツキがお土産のプレゼントを買ってくると約束した事で機嫌をなおして、まるでクリスマスを待つ子供の様になっていたので、ムツキはお土産に相当力を入れないといけないと考えている。


乗り合い馬車には初めて乗ったが、リフドンの馬車より揺れが酷く乗り心地は悪い。

ステータスのおかげで気持ち悪くなったりと言う事はないが、あの時、リフドンに声をかけてもらえずに馬車で移動していたら、馬車を汚してしまい、乗り合いの客や御者の人に迷惑をかけた自信がある。


「よかったらこれをどうぞ」


ムツキは乗客の中の親子に水筒を差し出した。

子供が酔ってしまい顔色を悪くして気持ち悪そうにしていたからだ。


母親の方が、不思議そうにムツキを見た。


「気持ち悪い時に水を飲むと少し楽になりますから」


ムツキがそう言うと、母親はお礼を言って水筒を受け取ってくれた。

日本の水筒みたいな立派なものでは無い為、中身が冷たいままなんて事はないが、少しは楽になるだろう。


母親が不思議そうな目で見たのは、旅の中で水は節約するのが常識だからだろう。

乗り合い馬車側が水を用意してくれるはずもなく、自分達の持ち込みだ。

大きな荷物を乗せると別途料金がかかる事も考えると待ち込める水や食料は限られてくる。


だとすれば、節約こそすれ、他人にこうして分け与えるといった行動は不思議な行動だったのだろう。

一応目的地までの予定日数は決まっているが、現代日本の電車や新幹線でもあるまいし、予定通りにつく保証は無い。

不測の事態で遅れると考えて行動する方がベターだ。


ムツキの場合、収納魔法の中に沢山放り込んであるので問題はない。


3日程かけて、問題なく目的地であるバンヤンハイにたどり着いた。

予定からすれば、1日遅れだが、1日雨の日があった事を考えればこんな物だろう。


魔物に襲われたりしなかった。襲われても少数であり、護衛の傭兵が難なく撃退できれば問題なくと言ってしまえるのがこの世界クオリティだ。


ムツキが馬車から降りて、宿屋を探そうかとしていた所で、先日水を渡した親子から話しかけられた。


「お水、本当にありがとうございました。これ、少ないですがお礼に受け取ってください」


母親は、そう言ってお金を差し出した。

旅の途中の水は貴重品である。

しかし、このお金を受け取ってしまうとムツキの善意があこぎな押し売りに変わってしまう様でムツキは嫌だった。


「あれは私が勝手にした事です。それは受け取れません」


「しかし」


この世界にもタダより高いものは無いと言った類の言葉があるのだろうか?母親は難しそうな顔をしている。


「そのお金は他に使う予定があったのでしょう?」


「いえ、それは…」


「ならそちらに使ってあげてください。

私は、子供さんの元気な顔と、先ほどありがとうと言ってもらった言葉で十分です」


ムツキは子供の頭を優しく撫でて、お金を受け取らずにその場を離れた。

そして、良さそうな宿屋を探して街を散策する。


どうやら今回は、マルチの出番は無かったようである。








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