家系ラーメン・バンコクの正式名称・フグ

「ねえ。バンコクの正式名称って知ってる?」


 店員さんに食券を渡してからカウンター席に座ってスマホを片手に暇をつぶそうとしていたら、隣に座った友人は暇つぶしの方法を違った方法で過ごそうと決めていたらしい。


 特に面白い呟きも見当たらなかったので、ちょうどいいかと口を動かし始める。


「クルンテープ・マ……」

「ちょっ。待った待った! なんでスラスラ言おうとしてるのさ」

「なんでって、知ってるか聞かれたから言おうとしたんじゃないか。だいたい長すぎて知ってるって言ったところで証明しろって言うのが鉄板だろ? だったら最初から言ってやろうと心意気だよ。感謝しな。続けるぜ、クルンテープ・マハーナ……」

「違う違う! なんで正式名称をそらで言えるのさ。おかしいだろ!」


 じゃあ、なんで知ってるかどうか聞いてきたんだ。最初からドヤる気だったんじゃないか。そんなマウントの取り方は許さない。


「なんでって、ちょっと前のコントでそう言うのがあったんだよ。それを見て感動してね。何度も観てるうちに覚えてしまった」


 半分は嘘だ。観てるだけで覚えるわけがない。必死に練習したのだ。なんであんな練習をしたのかは分からないが。こうやって謎マウントを取ってくる友人のマウントを取ることが出来るのでたまには役に立つ。


「はい。ラーメンお待たせしました。こっちが醤油でこっちが塩」


 コクのある豚骨スープに中太麺。卓上に並べられた調味料の数々。自ら味を変えて楽しむこの空間はまさしく家系ラーメン。なのに。どうして、こやってバンコク正式名称でマウントの取り合いをしなければならいのだ。


「ちぇっ。なんでそんなどうでもいいことばかり覚えているんだよ。そういうとこ、相変わらずだな」


 友人は大人しく箸を割り面を啜り始める。


「そっちこそ。そのどうでもいいことで話を盛り上げようとするの変わってないのな」


 沈黙。いや、ラーメンを啜るのに夢中になっているだけ。


「なあ、今日の同窓会フグ料理って、本当か?」と友人。

「ああ。本当だ」幹事から色々質問された身としては詳しかったりする俺。

「じゃあ、なんで俺たちはその直前にラーメンを啜ってるんだよ」もっともな話。

「柄じゃないからだろ。フグ料理なんて」それはもっともっともな話。


 まあ、だから妙なマウントの取り合いもなんだか心地が良いくすぐったさであったりするのだ。


「それでさぁ」


 麺を一通り啜り終わると友人が再び勝負を挑んできた。


「あれ知ってるか。去年くらいに出たカードの名前でさ」


 昔共通して遊んでいたトレーディングカードゲームのことだとすぐに分かる。


「あれだろ。アスモラノマルディ……」

「いや。だから何でそらで言えんのよ。その長い名前をさぁ」


 何も答えずにスープを飲み干して、まくりましたー。と店員さんに声を掛けた。

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