第45話「姉の襲来」

「え、三十分ってほんと?」

「ほんと、少し時間潰したら来るって言ってる」


 なにしなきゃいけないっけ。

 あかねにそう言われ、若干眠気が抜けなかった頭を無理やりえさせると、急いで脳内のチェックリストを開いた。

 首輪は?

 外れてる。

 指輪は?

 したままでいい。

 服?

 やばいな、着替えないと。


「ねえ達也たつや、これ?」

「なに?」


 肩の所に何かある?

 茜が指さしたとこをよく見ると、そこの部分だけ薄っすら色が黄色味がかっていた。


「なんだっけ? その痕?」

「多分治りかけのキスマ。やっぱ消さないとまずいよね?」


 電話越しで話した感じだと、キスマなんか付けたのがバレたら傷物きずものにしたとか言ってきそうだな。

 それで責任を取れって言ってくれるならまだいいんだけど……。

 最悪別れろとか言われそうだしな。


「まずいと思うよ。それでなにも言われないならあんな電話越しで怒らないでしょ」

「そう、だよね。あ、けど達也のお母さんにはバレてなかったんだし、意外と平気かも」

「バレてたよ」


 そう背後から聞こえてきた声に振り向くと、「出入口なんだからふさがないでよ」と陽菜ひなに押しのけられた。


「え、バレてたってそんなまさか」


 気づいたような素振りを一切見せなかったくせに。

 さすがに悪い冗談でしょ。


「いい大人が本人たちの前で指摘すると思う? ほらコンシーラー、来る前に誰かさんに付けられたキスマ消しちゃいなよ」

「ありがとう、陽菜さん。じゃあちょっと消してきちゃうね」


 そう言ってバタバタと去っていく茜を見ると陽菜がポツリと呟いた。


「キスマ程度で騒ぐぐらいなら目の前でつければいいのに」

「そんなことしたら俺が刺されそうなんだけど」

「一度飼った以上死ぬまで面倒見るし捨てたりしませんって言えば納得してくれるんじゃないの?」

「あーそうかもね……」


 陽菜の冗談に思わず苦笑いがこぼれる。

 けど実際のところずっと飼ってるわけにはいかないしそのうちどうにかして終わりにしないとな。


「まあなにかあったら助け舟は出すから言ってよ。向こうも同性の話なら聞き入れやすいでしょ?」

「ありがと」


 その後バタバタと着替えたり身支度を整えているとあっという間に三十分が過ぎてしまった。


「ねえもう来るよね?」


 さっきから部屋の中をぐるぐると歩き回ってる茜がそう言った。


「多分ね。落ち着きなよ、ずっと歩ってるの疲れるでしょ?」

「そう言う達也だってさっきからずっと玄関の方見てそわそわしてる」

「ならなんか落ち着ける方法知ってる?」


 こういう時何かスポーツをやっていればガムを噛んだり、簡単なストレッチなどをして気を紛らわせられるんだろう。

 ただ生憎あいにくそんな都合のいいルーティンは持ち合わせていなかった。


「一つ知ってる。目つぶって」

「なんか変なことされそうで怖いんだけど」

「大丈夫そんなことしないってほら目つぶって」


 恐る恐る目をつぶると、ゆっくりと手と手を絡ませてきた。


「え、なにするの?」

「いいから、恋人繋ぎして」

「わかったよ」


 お姉さんが来るという緊張以上に、なにをされるかわからないというドキドキからか心臓が音を立て始める。


「次はなにするの?」

「急かさないでちょっと待ってて」


 ぎゅっと手を握る力を強めると、茜が耳元に来たのがわかった。

 小さく彼女の吐息が聞こえる。


「ねえ達也?」

「なに?」

「だ、大好きだよ。彼氏役してくれてありがとう」

「……俺もだよ」


 好きだなんて付き合ってるときに何回か言ったはずだ。

 決して言いなれてるとは言わないけど、初めて言うわけはない。

 それなのになんで頭が真っ白になるほどの破壊力があるんだろう。


「心音早いけど、緊張してるの? それとも好きって言われるのがそんなよかった?」

「そう言う茜だって、心拍数やばいけど?」


 恋人繋ぎした手からは俺の比にならないくらい強く、早い拍動が伝わってきた。


「好きって言うのに緊張しないわけないじゃん」

「それ――」


 俺が言うよりも早く、茜は唇で俺の口をふさいできた。

 しっかり頭を抑えられたいるせいで逃げられない。

 酸欠なのか段々と頭がぼーっとしてくると、チャイム音が聞こえた。


「来たみたいだね」


 下からは陽菜が応対している声が響いてくる。


「なあさっきのって」

「早く行こう、彼氏だけ遅いと不審がられちゃうよ」


 まるで俺の声が聞こえないのかようにそう言うと、手をつなぎ歩き始めた。

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