第19話「茜のおやつ」

「そういえば外でも首輪つけたままでいいの?」


 あかねの家からスーパーへ向かう道すがら、そう彼女に尋ねた。


達也たつやは私が外でも猫だと迷惑?」

「いや迷惑じゃないけど、指輪と首輪どっちも着けるのかなって」

「指輪は心で飼われてるってわかるように、首輪は身体でわかるために必要だからどっちもつけたいな」


 そう言って彼女が愛おしそうに指輪を眺める。

 西日が反射した指輪はキラキラと輝いていた。


「達也が選んでくれた首輪も早くつけたいな」


 そう言いながら腕を絡め、そっと肩を寄せてきた。


「時間があるときゆっくり選ぼう、その前に今日の夕飯決めないと」


 スーパーの前に辿たどりつくと夕方のせいか割と混雑していた。


「今日の夕飯何にするの?」

「麻婆豆腐とかどう、タレ絡めるだけだから楽なんだよね」

「あ、これにしようよ」


 そういうと売り場近くの特売と書かれたお菓子を見せてくる。


「おやつがいいの?」

「ダメ?」


 陽菜ひなにでも教わったんだろうか、茜が来た日にされたように目をうるませ上目遣いでこちらを見てきた。

 付き合ってた時はそんな顔したことないくせに。


「茜にはもっとふさわしいのがあるよ」


 ふと感じたこの形容しがたい薄汚い感情を振り払うように彼女の手を掴むと、目的の場所まで歩き始めた。


「ねえなんでペットフード売り場なの?」


 周りの目を気にしているのか、小声でそう話しかけてきた。


「だって好きでしょ、ほら」


 売り場の一番目立つ位置に置かれていた猫用おやつを見せる。


「ねえ怒るよ」

「茜ってなんだっけ?」


 首輪に指を掛けながらそう聞いた。


「ねえ……」


 そう言いながらちらちらと前後を確認する。

 つられて確認するが、幸いにもこちらに注目している人はいなかった。


「なんだっけ?」


 人がいないことで堪忍かんにんしたのか、消えかかったような声で答えた。


「……猫です」

「ならこれでいいよね」

「せめてお刺身とかにしようよ」


 そう言うと俺の手を引き鮮魚コーナーへと向かい始めた。


「ごめんごめん、いいよ普通のお菓子買おう」


 あまりに必死な顔がおかしくて思わず笑ってしまった。


「ほんとに?」

「ほんと、好きなの選んでいいよ」

「やったー!」


 お菓子コーナーへ着くや否や、目を輝かせながら選び始める。


「じゃあ俺買わなきゃいけないの見てくるから、ここにいてね」

「わかった待ってる」


 まさかあんなかわいい反応するとはな。

 普通に付き合ってたら絶対見られない表情を見られるのは嬉しくもあり、少し申し訳なくもあった。

ただ本人も好んでやってそうだし別にいいのか。


 ひき肉や豆腐などを選んでいるとき、ふと一人の客が視界のすみに入り込んだ。

 突然のことで顔は見られなかったが歩く姿や髪型が冬木ふゆきに似ている気がした。

 その客が通った後にはあいつが吸っていたタバコと同じ臭いが残っている。


「まさか、ね……」


 こんなところまで来るはずがない。

 確かあいつは俺と逆方向のところに住んでいたはずだし。

 そもそもでここに来る理由が無いはずだ。

 ただバイト先でのやり取りを見た手前、どうしても不安感が完全にはぬぐえなかった。


「さっさと帰るか」


 万が一にもあれが本物ではないと願いつつ、急ぎ足で茜の元に向かう。


「決まった?」

「う、うん」


 乱雑らんざつにお菓子をかごに放り込むと、少しおびえた顔をしながら彼女は言った。


「ねえ早く帰ろう、これ以上遅くなると陽菜さんに怒られちゃう」

「ああそうだな」


 なんでこんな怯えてるんだ。

 陽菜だけでそんな表情するか?

 彼女の態度は疑問を感じさせるものだった。

 ただここに長く留まりたくはなかったし、急いで家に向かった。


 ◇


 ポストの中を確認すると、一通の茶封筒が入っている。

 セロテープで杜撰ずさんふうがされており、切手も差出人もなし。

 唯一に書かれていたのは『桧山ひやま陽菜様』という宛名あてなだけだった。


「とりあえず渡せばいいか」


 怪しさ満点の封筒にいささかの不信感を抱きながら家に帰った。

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