第9話「茜の寝床」

 腹ごなしもかね、ゴロゴロと寝そべりながらYouTubeを見ていると、ドア叩く音が聞こえてきた。


陽菜ひなか?」

「せいかーい」


 当てられたことがうれしいのか、上機嫌そうな声でそう返事をする。


「相変わらずお兄ちゃんの部屋は殺風景さっぷうけいだね」


 日中ここに来たにも関わらず、辺りを見回しながらわざとらしくそうつぶやく。


「さっきのはちゃんと片付けたのか?」

「片付けたよ、えらいでしょ?」


 自慢げに胸を張るがえらくないだろ、汚した理由を作った張本人なのに。

 うんざりしながら小さなため息をついた後、言った。


「あのな、床の上で――」

「そんな話はあとあと、それより茜ちゃんがどこで寝るか決めないと」


 お小言を無理やりさえぎると、クローゼットの中などをあさり始めた。


「おい、何してるんだよ?」

「服置く場所とか必要でしょ? だから作ってるの」


 注意をしても、荷物をどかし適当なスペースを作り続ける。


「それは陽菜が置けよ、呼んだの陽菜じゃん」

「いや私の部屋、物置く場所ないし……。ほかの部屋も、ね」


 そう言って少し肩をすくめて見せた。

 思い出した。

 今は「年頃の妹なんだし、許可なく部屋見たりしないよね」と釘を刺されたので、なにがあっても部屋をのぞかないようにつとめていたが、確か相当物をため込んでいたはずだ。

 特に衣服類がひどく、自分の部屋だけに収まらないから、家のクローゼットと言うクローゼットすべてが浸食しんしょくされていた。

 もちろんこの部屋も例外ではない……。


「あの物置になってる部屋を片付けたら一人分の荷物くらい置けないのか?」

「あそこお母さんの荷物もあるし、やめたほうがいいんじゃないかな……」


 まあ確かにそれも一理ある。

 物置になっている部屋は、毎年新しい物が入れられるせいで一種の地層が形成されており、下手に地殻変動を起こすと、いざ必要なものが出てきたときに困るのは俺たちだ……。

 後々のちのち疲れる理由を作るくらいならここを整理したほうがましか。


「わかった、なら荷物は預かる。ただ寝るのは陽菜の部屋でいいだろ?」


 いくら散らかっているとは言え、毎日あの部屋で寝ている以上ベッドの上だけは綺麗なはずだ。

 二人とも比較的細身な以上、二人並んで寝るのもそこまで難しくないに違いない。


「え、お兄ちゃんの部屋に決まってるじゃん?」


 なに当たり前のこと聞いているの?とでも言わんばかりに不思議そうな顔をしてそう言った。

 いやそんなこと決まってないんだけど。


「さすがにまずいだろ……」

「別れる前は半同棲状態だったのに?」


 そう言われるとぐうの音も出ない。

 確かに付き合ってしばらく経つと、大学終わってから茜の部屋で寝て、翌朝家事をしに家に帰るということ生活習慣になっていた。

 ただそれも付き合ってた頃の話だしな。


「別に半同棲してたことをとやかく言うつもりはないよ、私も分担してる家事さえやってくれればいいって言ってたし。ただついこの間まで一緒のベッドに寝てたのに、猫になったら寝られませんは違うでしょ?」

「いや……、そうだけど……」

「ならお兄ちゃんの所で決定ね! 茜ちゃんにもこの部屋で寝るように言っておくから。あ、お母さん来たときは私の部屋でいいから」

「わかったよ……」


 もし今は関係性が違うと言っても「まさか自分のペットに欲情するよか言わないよね?」と煽られそうでなにも言い返すことができなかった。

 それに少しの期間だったとは言え、そのせいで迷惑をかけたのも確かだ。

 いくら本人がとやかく言うつもりがないと言っても、額面がくめん通り受け取るわけにはいかないだろう。


「じゃあ十か月後期待してるね、楽しみだなーおいめいを無責任に猫かわいがりするの」


 そう言うと満足そうな笑みを浮かべ、楽しそうに帰っていった。

 悩みの種がお花畑になりそうだな……。

 一つ大きなため息を吐くと、LINEを立ち上げた。


「なんかいい感じの理由つけて説明しないとな……」


 数十分間居候いそうろうになった理由をうんうん唸りながら考えていたがいい理由が全くと言っていいほど思い浮かばない。


「もういっそのこと猫を飼ったって素直に言っちまうか?」


 元々拾ってきたの陽菜だし、詳しくは知らないって言えば丸く収まるだろ。

 そう自嘲じちょう気味に笑うと、再度ドアがノックされた。


「陽菜か? どうした?」


 なにか忘れ物でもしたのだろうか。

 スマホの画面とにらめっこしながらそう言うと、ゆっくりとドアの開く音がした。


「違うよ……」


 予想外の声に、慌てて振りかえる。

 そこには髪を濡らし、少し火照っているのか艶めかしく上気した顔の茜が居た。

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