第15話 リンネとアリス
これはいわゆるゲームの強制力だろうか? ジュデッカとアリスがこの場にそろうとは……これは私の破滅フラグが進むというということなのかしら?
「ジュデッカ……あの子はあなたに会いに来たのではないでしょうか?」
「え? いや、それはないと思いますよ。だって、彼女は……」
私が気を遣って、彼にアリスの接客を任せようとすると、なぜか怪訝な顔をされてしまった。
なんでだろう、あの後治療していい感じになったんじゃないのかしら……?
「リンネ様!! アリス様が少しお話をしたいそうなんですが、今は大丈夫でしょうか? さすがはリンネ様、ご友人が多くて素敵ですね」
「え? ジュデッカではなく私なの!?」
一体何の用だろう。まさか、私にライバル宣言とか……? 確かにジュデッカと最近ずっと一緒にはいたけど……
私は緊張しながらアリスさんの方へと向かう。
いきなり土下座をして、私はジュデッカには興味がないんですーーって言おうかしら。気が重いながらチョコレートを持っていくと物憂げに窓の外を見ている彼女がこちらを振り向く。
「あの……」
「リンネ様!! この間は守ってくださってありがとうございました!! その……賊に剣を振るわれても言い返す姿がとてもかっこよかったです!!」
目をキラキラと輝かせて、私の手を握ってきた。え、ちょっと待ってどういうことなの? 嫌っているどころかむしろ好かれている……?
「我儘令嬢なんて噂を聞いていましたが、やはり噂なんてあてになりませんね。怪我をしている自分の事よりも、騎士様のことを心配されるなんて、カッコ良すぎました!! それに、私と一つくらいしか変わらないのに、新しい菓子を作り出して、話題になっている!! もうすごすぎますよ!!」
早口なオタクみたいな口調で語りかけてきた!? ちょっと恥ずかしいんだけど……
少し上気した表情で語るその姿を私は見たことがある。萌えについて語る妹や、チョコレートについて語る私だ。
これはもしかして……
「アリスさんは私じゃなくて、ジュデッカに会いに来たんじゃないんですか?」
「え、違いますよ。だってジュデッカ様は幼馴染みたいなものなので、いつでも会えますし……それより今日の私の格好変ではありませんか?」
可愛らしく、私の反応をうかがうようにアリスがはにかむ。そういう彼女のドレスは淡い若草の色のドレスである。ちょうど私の髪の毛のような……
「アリスさんまさか……」
「はい、お店で見かけてリンネ様みたいだーって思ったらいつの間にか買ってしまいました。おかげでバイト代が半分くらい消えちゃいました」
推しコーデだぁぁぁぁぁぁ!! えへへと恥ずかしそうにアリスが笑う。いや、嬉しいけどこういう笑顔って本来は私じゃなくてジュデッカとか攻略対象に向ける様うなものじゃ……?
乙女ゲーのヒロインの情報は妹からあまり聞いてなかったけど、ちょっと意外な性格である。
困惑しながら会話を続ける。
「私なんて憧れるような人物ではないですよ。あの時は必死なだけでしたし、チョコレートづくりだって食べたいから作ったようなものです。このお店だってユグドラシル家の力があってこそですからね」
これは謙遜ではない。賊と戦った時に冷静だったのはこれからの展開が分かっていたからだし、チョコレートも自分が食べたいから作ったのだ。お店をやっているのも、チョコレートを広めてより美味しいものを誰かが作ってくれるのを期待しての事である。
まあ、誰かの笑顔をみたいってのも本音だけどね……
「でも、お店が繁盛しているのはリンネ様の作ったチョコレートが美味しいからですし、あのジュデッカ様が自分からリンネ様の護衛につきたいっていったのはあなたが魅力的だからですよ。それに比べて私なんて、治癒魔法や結界魔法だって使えるのになにもできませんでした……」
「アリスさん……?」
アリスさんはどこか悲し気な色を瞳にうつしながら笑う。ゲームでのアリスさんは様々な試練や苦難を乗り越えて一人前の『光の聖女』へと成長していく物語だと聞いたことがある。
今の彼女は力を持て余すただの少女に過ぎない。そして、「あなたは将来立派な聖女になるから大丈夫よ」などとはいえないのである。
「大体光の力なんて持っていても悪目立ちするだけですしね……学校でも友達できるかなぁ……あ、すごく甘苦くて美味しいですね、これ」
均一な型によってつくられたチョコレートをどこか憂鬱な表情で食べるアリス。その様子を見て、前世で妹が、ゲームについて語るときはヒロインとその攻略対象との関係ばかりを話していたのを思い出す。見せてもらったCGアルバム画面もそうだった。
彼女は……彼女に友人はあまりいないのだろうか? この前のパーティーでも私のとりまきこそいたけど、彼女の友人らしき存在はいなかった。
その治癒魔法という特殊な能力が周りと距離を感じさせているのかもしれない。
私は何をやってたのかしらね……
ジュデッカが助けに来た時、私の傷を心配してくれたのは彼女だった。そして、私がカフェを開いた時にわざわざお礼を言いに来てくれたのも彼女だった。心優しい彼女の事を私はろくに話そうともせずに、メインヒロインとしてしか見てなかったことに気づく。
「そんなことないと思います。アリスさんは心優しい人ですから、友人だってたくさんできますよ」
「そうだといいんですけどね……」
私の言葉に曖昧な表情をしながら、微笑むアリス。そんな彼女に笑って欲しいななどと思ってしまった。それに……私はチョコレートを食べて幸せになってほしいのだ。こんな悲しい顔はしてほしくない。
「アリスさん、もしよかったら明日もこの時間に来ていただけませんか? 食べて欲しいものがあるんです」
「え、ご迷惑ではないですか? それに私はお菓子の事はあまり詳しくないですよ」
「いいんです。あなたに食べて欲しいんです」
困惑する彼女に私は強引に約束を取り付けたのだった。
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