第12話 お店をひらきました

 大通りから少し外れた街中に、立派な石造りの建物があった。その前で私は感嘆の吐息を漏らす。



「ずいぶんとしっかりした建物ね……しかもユグドラシル家の紋章まで入ってる……」

「ここは元々ユグドラシル家を引退した料理人が馬鈴薯料理を出していた場所ですからね。後継者がいないので閉めていたので設備はちゃんとしているはずですよ」

「なんかちょっとインチキをした気分ね……」



 ノエルの言葉に納得する。外観もいいけど、中はどうだろうとさっそくはいると、少し埃っぽくはあるものの、テーブルなどはそのまま使えそうである。そして、肝心の厨房はというと……お母さまにお願いして買ってもらったミキサーはすでに運ばれており、冷蔵庫やオーブンの魔道具まであり一通りの設備は整っているようだ。



「掃除を終えたらお店を開けちゃうわね。午後にはお母様とお父様がくるからそれまでに準備はすましちゃいましょう」

「わかりました。掃除は私に任せてください!! 屋敷のようにきれいにしちゃいますよ!!」



 私が持ってきたカカオの調理に手をかけようとすると、ノエルも腕まくりをして、笑顔を浮かべる。それぞれの役割分担が決まった時にこちらを見守るようにして立っている青年が手を上げる。

 


「リンネ、私は何をすればいいでしょうか?」

「うーん、ジュデッカはあくまでこのお店の護衛ですからね……」



 彼がなぜ私の護衛を引き受けてくれたかはわからないが、これは正式な公務である。この前と違いチョコレートを作りを手伝ってもらうのはまずいのではないだろうか?



「リンネ……私はそんなに頼りないでしょうか?」



 初対面の氷騎士様はどこかいったやらしょぼんとしているジュデッカを見ていると何とも言えない罪悪感に襲われる。まあ、彼がやりたいというのならいいだろう。



「では、力を使う下ごしらえと接客をやっていただけますか? ノエルも接客はするつもりですが、二人いた方が効率が良いので!!」

「はい、鍛えたこの腕!! チョコレートのために仕えるなら本望ですよ!!」



 ジュデッカがまるで尻尾を振る犬のように嬉しそうにこちらにやってくる。そして、私たちは開店の準備を始める。




「この服……キッチンの私が着る必要はないんじゃいかしら?」

「そんなことないです。せっかくの王宮のデザイナーが作ってくれたんですよ!! 着なきゃ損です。それに。お嬢様にとてもお似合いです!!」


 いざ、開店ということで私までなぜかウエイトレス用の服を着せられていた。ワンピース型に前にリボンがついている可愛らしい服装である。

 


 でも、前世ならばともかく、今ならすごい似合うわね……



 悪役令嬢とはいえ乙女ゲーのキャラだからだろうか? リンネはスタイルも良く、こういう可愛らしい服もとても似合う。なんだかちょっとテンション上がってきちゃった。

 思わず、鏡の前でポーズを取っていると視線を感じる。



「お嬢様もまんざらじゃないですか、とっても似合っていると思いませんか、ジュデッカ様?」



 微笑まそうに私を見ているノエルに話をふられてぼーっとした様子でこちらを見ていた彼は、なぜか顔を真っ赤にして慌てたように返事をする。



「ええ……そのとてもお似合いです」

「ありがとうございます。ジュデッカもとても似合っていますよ」

「鎧以外を着る経験があまりないので自信がなかったのですが、本当ですか?」




 私が褒め返すと、ぱーっと顔を明るくするジュデッカ。もちろんお世辞ではない。黒いズボンに白いウェイター服はスタイルが良く、顔立ちの整った彼にはよく似合っている。

 これなら看板娘ならぬ看板息子としていけるわね!!



「はい、とても素敵です。これならジュデッカ目当てのお客さんも期待できそうですね」

「お嬢様……ジュデッカ様はそういうことを言って欲しかったんではないと思いますよ……」


 

 なぜか、小さくため息をつくノエルを疑問に思いながら私はエプロンをつけて、チョコレートを並べる準備に入る。そろそろ一時。開店時間だ。そして、最初のお客さんは……



「失礼するよ、おお、リンネ。とても似合っているじゃないか!! 無理を言って王宮のデザイナーに準備をさせたい甲斐があるね」

「へぇー、いい匂いね。お店で娘の作ったチョコレートを食べる事ができるってなんか感動するわね」



 仲良く手をつなぎながら、両親がやってきた。この前の騒動から二人一緒に行動することが増え、人前でも仲良くしているようで何よりである。



「いらっしゃいませー。ご主人様……お客様……?」

「今は客として来ているからお客様で構わないよ」



 どう呼べばいいか困惑しているノエルに、父が優しく答える。ノエルが堂の入ったお辞儀をしてメニューを説明する。



「ありがとうございます。こちらがメニューになりまして、チョコレートの種類はこれからどんどん増える予定です。紅茶とセットで頼むとお得になりますよ」

「それじゃあ、僕は甘くないのを頼もうかな…」

「私は食べ比べにしてみるわ。それにしても……ジュデッカさんは似合うわね……うちのリンネと二人でいるとまるで夫婦みたいじゃないの」



 平和に終わるかと思いきや母が爆弾を突っ込んできた。以前まで彼にお熱だった私とくっつけたいようだ。視線を感じると、ジュデッカが何かを期待する用にこちらを見つめている。



 大丈夫よ、わかってるわ。



 彼の本命はアリスである。私との関係が誤解させてこじれたら大変ですものね。



「お母さま、ジュデッカはあくまでお仕事の一環でやってくれているのですよ。それに……彼にはもっとふさわしいかたがいますわ」

「そうなの? それにしてはいつの間にか名前で呼んでいるじゃないの」

「それは彼とお友達になったからです。共にチョコレートを愛するただのお友達ですよ」



 お友達を強調しておくのを忘れない。母はつまらなそうな顔をしているがこれも破滅フラグを防ぐためなのである。



「ジュデッカ君……大丈夫かい? その……気持ちはわかるよ」

「いえ……そのありがとうございます」



 視界の端で父とジュデッカが話している。そして、我が両親が楽しそうに、食事をしているからか、物珍しさなのか、少しづつお客さんが入ってくる。

 貴族ばかりなのがきになるけど……



 こうして、初日はぼちぼちの成果を出したのだった。

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