第9話 チョコレートの魅力
「いやぁー、すごいねぇ。リンネにこんな特技があったなんて驚きだよ。想像以上にしっかりと研究をしているんだね」
「あはは、ちょっと植物に目覚めてしまって……」
私とノエルのメモや、大量に採取されたカカオを見て、父が感嘆の声をあげる。まあ、そうよね、襲撃される前はちょっと我儘な貴族令嬢だったのだ。それがいきなりこんな職人のような事をして始めたら驚くだろう。
それはそれとして気になる事がある。部屋中にあるカカオを興味深そうに眺めている父に聞こえないようにノエルに声をかける。
「ねえ、ノエル……やっぱり貴族令嬢が社交界に出たりせずに研究みたいなことをやっているのってまずいわよね……」
「そうですね……今は賊に襲われたショックで引きこもっていると言っていますが、「そろそろお嬢様も元気になったのでは……?」っという話も使用人たちの間で出ています。奥様も小言を言ってますし、もうパーティーなどに出れるか様子を見にきたのかもしれませんね」
私の言葉に気まずそうにうなづくノエル。
やっぱりそうよね……
父は私の様子を見て、問題なければパーティーなどに出席させる気で来たかもしれない。パーティーには婚約者探しや、派閥の強化など色々と意味はあるのだが、正直迂闊に貴族に関われば、メインヒロインであるアリスさんや、攻略対象の五大貴族と関わるのは避けられないだろう。ジュデッカとは友人になったが、何がきっかけで私の破滅フラグが成立するかわからないのだ。正直関わりたくない。
それになによりも……今はチョコレートづくりが楽しいのよ。
植物魔法を使えることもあり、カカオを育てて採取するのが数分でできるため、材料には困らないし、殻を剥くのも楽だし、前世の電化製品のような魔道具もあるため、とてもスムーズに作業ができるのだ。
しかも、今は実質ニートである。いくらでもチョコレートを作り放題なのだ。正直今は無茶苦茶楽しい。ここはお父様には申し訳ないけど、何とか誤魔化してパーティーにはまだ出れないと思わせるしかないだろう。
「この黒い物体が噂のリンネの研究しているチョコレートなんだね。とても良い香りじゃないか」
「はい、カカオを原料としたお菓子なんです。この前の件で気持ちが沈んでいたんですが、おじいさまの書庫で資料を見つけて気分転換につくってみたんですがはまってしまって……」
「お嬢様が作り始めたんですが良い香りですし、甘くてとっても美味しいんですよ!!」
父の言葉に私は少し儚げな様子で答える。これで賊の襲撃で傷心の令嬢の用に見えればいいんだけど……
「ちょっと食べてもらってもいいかな? あのリンネがお菓子を作るなんてちょっと新鮮だね」
「構いませんよ。ですが、お父様は甘いものはそこまでお好きではなかったのでは?」
リンネの記憶を探りながら答えると父は人好きのする笑顔でウインクをした。
「まあそこまで得意じゃないけどね、娘の手作りのお菓子だよ。食べたいに決まっているだろ?」
「でしたらこちらをどうぞ」
その一言に父からの愛情を感じ嬉しくなった私は先ほど作ったばかりの新作を差し出す。真っ黒なチョコレートは彼には馴染のないものだろうに、躊躇なく口にして……そして、大きく目を見開いた。
「これは……香ばしい香りと共に口にすると同時に、溶けだす強い苦みと微かな甘み……ああ、まるで我妻の様だね!! 甘いものが苦手な僕でも食べれる素晴らしいお菓子じゃないか!!」
「そうでしょう!! チョコレートの凄いところは香りや口どけもあるのですが、その種類の豊富さなんです!! 甘いものや苦いものだけでなくいくつかのチョコレートを組みわせることによって無限の可能性を秘めているんです」
「ふふ、リンネはすっかり元気になったようだね」
しまったぁぁぁぁぁぁ!! チョコレートを褒められて、嬉しさのあまり早口で喋るオタクのようになってしまった。しかも、無茶苦茶元気よく!!
これじゃあ、傷心中とは思われない!!
だって、チョコレートを父に褒められたのが嬉しかったんですもの。
どうやって誤魔化そうと私がもだえていると、父は優しく微笑む。
「好きな事に夢中になるのは良い事だよ。大方パーティーよりもこっちが楽しくなったんだろ?」
「う、それは……」
図星をつかれて動揺する私に父が肩を震わせて笑っている。中々鋭い。温厚そうだけど権力争いや派閥争うに生きる貴族だけあって、人の感情を見るのは得意なようだ。
「でも、そうか……植物に夢中になるなんて、流石はユグドラシル家だね」
「もう、そういうお父様もユグドラシル家じゃないですか」
「僕は違うよ……所詮は婿養子だからね。まだまだ未熟だよ。一生懸命やっているつもりなんだけどね、今回もまた愛おしい妻を怒らせてしまった。」
そう言うどこか自虐的に笑う父。やはり父は母の事を愛しているのだろう、そして、父が家を出て行くときの母の表情を思い出す。
この二人はどこかすれ違っている気がするのだ。
「お父様はお母様と仲直りがしたいのですね」
「それはもちろんだよ。妻が怒ってもいつもなら数日たてば落ち着くんだけど、ついに愛想をつかされてしまったのかなぁ……確かに彼女の言う通り仕事にかまけすぎて、家族をないがしろにしすぎていたかもしれない。その罰が当たったかな……僕としてはユグドラシル家に恥じない働きをって必死だったんだけどなぁ」
父は頷くと目を細め少し遠くを見つめる。その表情に何とも物悲しそうである。普段仕事に行っているはずの父が私の様子を見にきたのも、母に怒られて家族への接し方を改めようと思ったのかもしれない。
父はおそらく母や私のために頑張ってくれていたのだ。だったら、私も力になりたい。
「お父様、お母様と仲直りをしましょう。多分話し合えばわかりあえるはずです。私も手伝いますから」
「それは申し訳ないよ。リンネは色々あって大変だったんだからさ……しばらくは好きな事をしていていいんだよ」
「いいえ、これは家族の問題ですもの。私も協力させてください」
「そこまで言われたら嬉しくて断れないじゃないか……何か明暗があるのかい?」
「はい、一緒にチョコレートを作りましょう」
「これをつくる……?」
わたしの言葉に父が怪訝な顔をする。それを見つめながら前世で母が作ってくれたチョコの味を、そして、辛かったときに食べたチョコレートの事を思い出しながら言葉を続ける。
試験で悪い点を取った時や、友達と喧嘩した時も母がチョコレートを作ってくれたのだ。それを食べて私は元気をもらったり、友人にもチョコレートを渡して仲直りをしたものだ。だから今回だって大丈夫なはずである。
「チョコレートの魅力は香りや味だけじゃないんです。人をリラックスさせたり、ちょっとドキドキしたりといろんな効果がある素敵なお菓子なんです。異国では想い人にチョコレートをプレゼントして告白する風習もあるそうですよ」
「そっか……チョコレートを通じてなら僕も素直になれるかな。よかったら作り方を教えてくれるかい? 彼女に僕の愛を告げてみようと思う」
しばらく考え込んでいた父だったが、私の言葉にうなづいてくれた。そう、チョコレートは美味しいだけじゃない。人々の仲を仲介もする素敵なお菓子なのだ。
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