暗転.件
「霖雨様、
使用人の報告を受け、安倍霖雨は閉じていた目をゆっくりと開いた。
件とは、その名の通り人の顔と牛の身体を持つと伝わる妖怪――すなわち陰法師である。生まれてすぐに予言を残して死んでしまうがその予言は百発百中。霖雨は全国に散らばる手の者らから情報を集め、これまでに幾度も件の予言を利用してきた。安倍家が現代まで栄えてきた歴史の裏には件がいると言っても過言ではない。
「件は何と申した」
「それが……」
使用人の視線が宙を彷徨った。言うまいか逡巡している。霖雨は語気を強めた。
「早く申せ」
「は! 件は……件は、安倍の後継について予言を遺しました。『
霖雨は眉間に深い皺を刻んで唸った。
泰山府君とは陰陽師が崇拝する神であり、安倍の最盛期を支えた安倍晴明が成したと伝わる奥義の名でもある。晴明はとある僧から自身の命と引き換えに、師である高僧の命を救ってほしいと頼まれる。晴明は泰山府君を執り行い老僧の病を取り除いただけでなく、二人の命を長らえさせたとされる。
件の予言は絶対である。それは安倍家を存続させるために予言を利用し、尽力してきた霖雨自身が保証している。
「……私も決断を迫られる時が来たようだな」
脳裏に浮かんだ我が子の顔を振り払い、霖雨は毅然と告げた。
「全国の分家の者共に布令を出せ。晴明に倣い泰山府君を成した者こそ安倍の次期当主である。我が元に来い、とな」
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