普通のご飯、美味しく食べられるなら特別じゃなくても良いじゃない

くろぬか

第1話 小腹を満たす袋麺


 「何か小腹空いた……」


 ボヤキながら時計を見上げてみれば、針は夜中の十二時を過ぎたところだった。

 明日の予定としては、そこまで忙しいという訳でもなく。

 もう少しのんびりとゲームでもしていたい所なのだが……如何せんこの微妙な空腹が煩わしい。

 今からコンビニに出かける気にもならず、かと言って手の込んだ料理するのも面倒くさい。

 こんな時に菓子なんかがあれば迷わず手を伸ばしていた所だろうが、生憎とあの手の物はあると食べてしまうのだ。

 なので買い置きなどしてある筈もなく。


 「なんかあったかな……」


 そんな事をボヤキながら、キッチンへと向かって歩いていく。

 一人暮らしが長いと、何故こうもどうでも良い事を口に出してしまうのか。

 自分でも不思議に思ったりもするが、逆に一人でずっと黙々と生活していると喋るのが苦手になると友人に言われた事がある。

 もしかしたら、こういうのもある意味精神の自己防衛の一種なのかもしれない。

 とかなんとか、本当にどうでも良い事を考えながら冷蔵庫を漁る。

 しかしろくなものが無い、調味料やら冷凍の食品やらお米やらがあるだけ。

 男一人の家なんてこんなもんだ、それは分かっているのだが。

 お腹の方はそれを許してくれないらしく、地味にグゥグゥと小さな音を立てて主張してくる。

 小さく溜息を溢しながら台所下のスペースを開けてみれば。


 「お? おぉ? コレいつのだ?」


 鰹節やらパスタソースやら、そういった常温保管の代物の奥に見えた袋麺のパッケージ。

 引っ張り出してみれば大袋は口が空いており、中には小袋が一つ。

 普段買うとすればカップ麺ばかりだから、多分以前に親が来た時に買ってもらった物だろう。

 カップ麺に比べれば少々手間に感じるが、間違いなくこちらの方が腹に溜まる一品。

 しかし……こいつの一番の問題は具がない所だ。

 そんな訳で、再び冷蔵庫やら冷凍庫やらをパカパカしていると。


 「あ、あぁ~なる程。確かにこの辺一緒にもらった記憶があるわ」


 冷凍庫の隅から出て来たのは、冷凍のほうれん草やらコーンやら。

 普段の俺だったら絶対買わないであろうこういった品々。

 今思い出したが、こういう物があるといざって時に物凄く楽だと母親から言われた記憶がある。

 して、その使い方と言えば。


 「ちゃちゃっと作っちゃいますかねぇ」


 相変わらずわざわざ言葉に出しながら、鍋を一つ。

 とりあえずお湯を沸かして塩を適当に。

 カップ麺だったらもうお湯を入れれば待つだけなので、やはり少々手間に感じてしまうが、言ってしまえばこっちは鍋を使ったカップ麺みたいなもんだ。

 というかこれくらいはやれ、腹減ってんだろ俺。

 そんな台詞を自分に言い聞かせながら、お湯が温まって来た頃に冷凍のほうれん草とコーン適当に放り込む。

 冷凍野菜の良い所、賞味期限が長い。あとこういう時にマジで適当に使える。

 さらに何と言っても、飯作ってるのに包丁もまな板もいらないのだ。

 コレが一番デカイ、洗い物はとにかく少なくしたいのが一人暮らしというもの。

 むしろ洗い物が面倒くさいから、出来るだけ料理したくないのである。

 それを思えば外食がちょっと高くなるのは手間賃として普通に納得出来るし、実家ではみんなやってくれる親が居る事を今更ながら感謝だ。

 などと考えている内にお湯が沸騰し、ぶっこんだ冷凍野菜も柔らかくなった様だ。

 待っていましたとばかりに袋から取り出した乾麺を放り込み、その間にスープの素を丼に投入。

 これは非常に個人的な好みと、親にも言われた事だが。

 スープは粉末状の物より液体スープの方が旨い。


 「なんて、粉末スープ派に聞かれたら怒られそうだよな」


 鍋からゆで汁をおたまで掬い、液体スープを丼の中で薄めていく。

 この瞬間からふんわりと香る味噌の香り。

 直接的な匂いという攻撃をもらい、腹は更にぐぅぐぅと唸り出す訳だが、もうここまで来たら完成した様なもんだ。

 乾麺は一分少々で解れるし、律義に鍋で三分煮込んだら大体食べる頃には伸びているのだ。

 という事で早めに取り出すのが鉄則。

 菜箸で麺が解れる事を確認してから大体の麺を丼に移し、野菜も可能な限りこの時点で移す。

 残りの細かいのはオタマでゆで汁と一緒に丼に持って来て、最後に冷蔵庫からカットバターを取り出し、ラーメンの上に乗っけて塩胡椒を少々。

 カップ麺より確かに手間だ。しかし、他の料理より圧倒的に楽。

 袋麺の良い所だよね。

 そんな訳でグルメでも何でもない俺の深夜メシが完成し、部屋に戻って手を合わせる。


 「ちゃんと野菜入ってんのと、バターがやっぱうめぇ」


 こればかりは、料理した特権と言えるだろう。

 むしろカップ麺にほうれん草とか放り込んでも普通に旨いので、そっちもそっちでありだが。

 更には少々早めにお湯から上げた乾麺。

 俺の感覚になってしまうが、乾麺が伸びてしまうと「まさにインスタント」って感じの味になる気がするのだ。

 なのでこの絶妙な歯ごたえと啜りやすさを残した、早上げ乾麺の方が好きだ。

 まぁ、急いで食わない限り最後の方は柔らかくなってしまう訳で。

 一度で二度違う食感を味わえると言うか何というか、まぁなんでも良いか。

 そして何と言っても、ちょっと食べた後にスープに突っ込んで溶かしていくバター。

 コイツの有る無しで、グッとインスタントでも食い応えが変わる。

 お湯にスープの素を溶かしただけだと、やはりどうしても馴染みの味になるが。

 野菜の入ったゆで汁を使う事によって、何となく美味しさUPした感覚に陥り、その上でバターまで入ってみろ。

 こんなラーメンが五食分くらい入っているのに、袋麺はあの値段で良いのかと思ってしまう程だ。

 ズルズルッと豪快に麺を吸い上げ、野菜を口に運び、バターの溶けだしたスープを啜る。

 大した飯じゃない、それは分かっている。

 しかし、それなりに満足出来るのだ。

 食べた後にホッと息を溢す程には、“食った”って感覚になるのだ。

 もちろん料理を作る奴だったり、作ってくれる相手が居る人からすれば「おいおい」と言われてしまいそうな、ちんけな満足感なのかもしれないが。

 それでも、旨いもんは旨いのだ。


 「ふぅぅ……ごっそさん」


 空になった丼に向かって手を合わせ、息を吐き出した。

 ちょいコッテリになったスープのお陰で、鼻に残る香りは未だにちょっと味噌バターの残り香。

 いやぁ深夜のラーメン、何故こんなにも旨いのか。

 何て事を考えながらキッチンに視線を向けてみれば。


 「洗い物……明日で良いか」


 たかが鍋と丼、他少々くらいなのにやっぱり面倒臭くなってしまうのが人間というもの。

 こういう時には、カップ麺の方が良いなとかすぐ浮気する訳だが。

 ま、何はともあれ。


 「ゲームでもすっかぁ」


 とりあえずは、煩かった腹の虫は鳴き止んだのであった。

 一人暮らしの家庭飯なんてこんなもんだ。

 腹減ったらすぐ食えて、安くてそれなりに腹に溜まるのが大正義なのである。

 という訳で、今日も俺は一人暮らしを満喫するのであった。

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