第28話 ミハイル
国内で起きた事件のせいで、問題は山積みだったが、そんな中でさらに心配なことがあった。
予定日よりも随分早くの出産となったヴェロニカのことも、生まれてくる子供のことも心配でたまらなかった。
一つの案件を処理している最中に子供が生まれたと聞き、城内を走って妻と子供の元へ急いだ私を出迎えたのは、青い顔をした医師や乳母だった。
私は、ふらつく足取りでヴェロニカが休んでいる部屋へと向かっていた。
動揺を隠せなかったからだ。
「ヴェロニカ……」
出産を終えたばかりのヴェロニカを労わなければならないのに、私は、医師から告げられたことに動揺して言葉が出てこなかった。
頭がガンガンと打ち鳴らされ、酷い頭痛で足元がふらついた。
ベッドの上で休んでいたヴェロニカは、キョトンとした顔で私を見上げている。
「君は……君は、いったい、誰の子供を生んだんだ?」
生まれてきた男児は、赤髪に深い緑の瞳をしており、両親のどちらにも似ていなかった。
「あら。誰の子供って、誰の子供かしら?でも、私の子供だもの。ミハイルは可愛がってくれるでしょ?」
「な、なぜこんなことに……君は、誰かに乱暴をされたのか?」
「私の心配をしてくれているのね。でも、大丈夫。みんな私に愛を与えてくれただけよ。だから、私はそれを受け止めたの」
ヴェロニカが何を言っているのか、全く理解できなかった。
「君は……私のことを愛してくれていたのではないのか?」
考えがまとまらないまま、理解が及ばないまま、それをヴェロニカに問いかけていた。
彼女は言葉の意味を考えるように、出会った時から変わらない愛らしい表情で首を少しだけ傾げてみせた。
「あなたの事はもちろん愛しているわ。でも、私は一人だけを愛せないの。私は聖女だから、みんなを愛してあげなければならないの。だから、貴方が一番ってことではないのかもしれないわね」
ニッコリと、何一つ罪悪を抱かずに笑いかけてくる様は、私の方がおかしな事を言っていると思ったほどだ。
「でも、そうね。誰の子供なのかしら。困ったことに、神官長様かお義父様のどちらの子供かわからないのよねぇ。どちらも明るい茶色の髪だから。あ、アリスタルフではないことは確かね」
「何故、父上が……」
いや、それはあり得ることだ。
私の父親は、好色家のクズとして知られているのだから。
でも、ヴェロニカの様子を見るに、どう考えても合意の上で……
「君は……君は……」
もう、言葉が自分の口から上手く出てこなくてなっていた。
「だって、お義父様ったら、タイミングが悪いから今は嫌って言ったのに、神官長様もそうよ?」
気持ち悪い……彼女が紡ぐ言葉を聞くうちに、吐き気が込み上げてきた。
「でも、可愛い私の子なのは変わらないもの。幸せになりましょうね。ミハイル」
「あ…ぁぁ……あぁ……」
裏切られていた。
自分の最愛に、私は裏切られていた。
自分の中の何かが、塗りつぶされていく。
私が生涯でただ一人愛した女性はヴェロニカなのに、彼女はそうではなかった。
よりにもよって、義理の父親や、そのほかの不特定多数の男達と……
ヴェロニカが連れてきたアリスタルフという護衛騎士の男の顔も浮かんできた。
彼ではないということは、彼とも……
プツリと、何かが切れる音がした。
部屋を飛び出て、先程出てきたばかりの部屋に飛び込み、乳母が抱いていた生まれたばかりの赤子を掴んで、両手を振り上げ、そして、今度は勢いに任せて叩きつけるように腕を振り下ろしていた。
周囲の悲鳴など、もはや私の耳には届いてはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます