第25話 出立。別れの日
帝国へ出立する日、屋敷の前ではちょっとした騒ぎになっていた。
まだ夜の残る空を、大きな竜が翼を広げて飛んでいたので、誰もが上を見上げていた。
聖書の中の存在ではなく、本当に実際に存在していたのだと、驚いたのが一つ。
それを、第二王子殿下が自在に操っていたからさらに驚いた。
竜を従わせるほどの力を持つ、レナート王子殿下。
やはり、正統な流れはレナート王子の方なのかと、ヴェロニカさんの懸念が少しだけわかった気がした。
誰もが警戒して、わずかな怯えを見せる中、一体の竜は地面に降り立った。
「おはようございます。僕とは初めましてですね。ライネ嬢」
竜から降りてニコリと笑った第二王子殿下は、兄王子とはまた違った笑顔を向けてくる。
でも、ミハイル様とよく似た、整った顔立ちをされていた。
「僕が責任をもって貴女を帝国の皇子殿下の元まで安全に送り届けますので、どうかご安心を」
会うまでは警戒していたけど、どうやらレナート王子ご自身はあの話を気にしていない様子だ。
人柄が垣間見えて、警戒を解くのは早かった。
レナート王子の隣で、箒を持って立つもう一人の女の子に視線を向けた。
「彼女はエカチェリーナさん。国が誇る魔法使いで、学院の先輩でもあります」
ペコリと頭を下げてきた女の子は、綺麗なストレートの赤髪で、深い緑色の瞳は落ち着いた印象を受けたけど、王子殿下とあまり歳が変わらないように見えた。
すごく、綺麗な子だった。
キリッとした空気を纏って、それでいて、どこか可愛らしいところもある。
平民だと聞いたのに、何だか佇まいが私以上に上品な雰囲気だった。
さすがヴェロニカさんの知り合いの魔法使いさんだ。
その綺麗な魔法使いさんにジッと見つめられて、ドキドキした。
こんな美人さんなら一度会ったら忘れないはずだから、初対面なのは確かだけど、絶世の美少女と呼べる子に見つめられたら胸が苦しくなる。
「可愛らしい魔法使いさん。よろしくね」
黙っていたら息苦しいままだから、話しかけて気持ちを楽にしようと思った。
「はい。最善を尽くします」
彼女が、ヴェロニカさんが勧める国随一の魔法使いだ。
「ごめんなさい。貴女に怖い思いをさせるわね。女の子なのだから、自分を大切にしてね。国の命令で仕方なくなのでしょうけど、貴女の代わりはいないのだから」
国の命令があれば、どんなに怖くても断れなかったはずだ。
自分よりも年下の女の子に守ってもらわなければならないとは。
情けない。
「エカチェリーナさんが怖いものは、素焼きにされたピーマンとニンジンです」
「王子……うるさい…………」
レナート王子の言葉から彼女への信頼が垣間見えて、随分と仲の良い様子に、クスクスと笑いがもれた。
なんだか肩の力が抜ける。
どうやら、緊張していたのは私の方みたいだ。
私は通う事ができなかったから、学院の先輩後輩である二人が少しだけ羨ましいけど、帝国では皇子殿下の計らいで、大学に短期間だけ通える。
準備期間がわずか一日しかなかったのに、お兄様は大急ぎでキャルム様と連絡をとってくれて、帝国での保護者としてキャルム様が名乗り出てくださった。
あんな別れ方をしたのに、結局、迷惑をかけることになってしまって……
「ユーリア。暖かくして過ごすのよ」
気持ちが沈みかけていると、随分と痩せたお母様が、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「お母様こそ、お身体にはお気をつけください」
私が帝国に行ってしまえば、お母様に何かあってもすぐには帰ってこられない。
一生懸命に、お母様のこの温もりを記憶に残していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます