第23話 女子会

「それでね、ミハイルったら心配性でね。あれこれアレコレ、私のために先回りして何でも準備しちゃうの。少しは私に任せてくれてもいいと思わない?」


 目の前に座るヴェロニカさんは、頬を膨らませている。


 相変わらず仕草が愛らしくて、少しだけ年上のヴェロニカさんの事を微笑ましいと思ってしまう。


 もう何度目になるかわからないこのお茶会は、ヴェロニカさんと約束した二年前から、おおよそ二ヶ月に一度の頻度で行われている。


 その時々によってお店は変わるけど、今日は領地内のカフェで過ごしていた。


 ヴェロニカさんは、私を部屋のバルコニーまで迎えに来てくれると、家族に知られることなく連れ出してくれる。


 出かけている間はお昼寝中ということにしてあるので、今のところバレた事はない。


 ヴェロニカさんの護衛騎士は、少し離れた場所から見守っているそうで、秘密のお出かけはちょっとだけワクワクした。


 従姉妹のライサ以外で親しい女友達がいないから、ヴェロニカさんと同じで、ただの一人の女性として誰にも気兼ねなく町で過ごすのはとても楽しいことだった。


「ヴェロニカさんが愛されている証なので、多少の心配は仕方のないことですよ」


「そうなのだけど、これで子供ができたら、きっともっともっと心配しちゃうでしょ?」


 パクリとケーキを頬張るヴェロニカさんは、不満を口にしながらも幸せそうだった。


 お二人の幸せを心から喜べている自分がいる。


「そうですね。でも、とても楽しみなことですね」


 結婚から二年が過ぎようとしていて、そろそろお世継ぎをとの声は多く聞こえているはずだ。


 幸せな結婚だからこそ、周囲からのプレッシャーもあることだろう。


 私の方は未だに結婚の予定は無いから、ヴェロニカさんの苦労はなかなかわかってあげられない。


 多分、縁談の一つや二つはお父様のところにきているのだろうけど、私の耳に入ってこないあたり、かなりの年上だったり、再婚や再再婚などの、少々難があるものなのだと思う。


 ふと、部屋の机の上に置かれたままの腕時計を思い出した。


 今も時を刻み続けている時計を身に付けることは一度もなかったけど、常に目に付く所には置かれている。


「ユーリアさんは、恋をしているのね」


「へ?」


 思ってもいなかったことをヴェロニカさんから言われて、思わず変なところから声が出た。


「誰かを想っている顔をしていたわ」


「え、いえ、そんなことは」


「本当は、ミハイルに聞いていたの。帝国のキャルム皇子から、ユーリアさんが求婚されているって」


「それは違います!」


 思わず大きな声を出していた。


 私の声に驚いたのか、ヴェロニカさんはぱちくりと、目を大きく見開いて瞬きを繰り返していた。


「ご、ごめんなさい……大きな声を出して……」


「ううん。いいの。私もちょっと配慮が足りなかったのね」


 気を悪くした様子の無いヴェロニカさんは、ニコリと笑いかけてくる。


「皇子殿下は、亡くなられた婚約者さんのことが本当に大切だったから、私によくしてくださっただけで、そこに恋愛感情などは……」


「それはそうね。王族貴族が恋愛して結婚するのは稀よね。って、私が言っちゃいけないかしら。キャルム皇子は、間に森を挟んでいるとはいえ、国境を領地とするライネ家との縁を大切にしたかったのね」


 無邪気な口調で話す言葉が、胸にチクリと刺さる。


「えっと……求婚とかはされたわけではなくて……」


「そうなの?でも、そっかぁ……ユーリアさんは皇子には興味が無いのね」


「はい。今は家族と過ごせることが一番の幸せですから」


「なるほどね。その気持ち、とってもわかるわ。あ、そろそろ時間ね。今日もとっても楽しかった。ありがとう、ユーリアさん」


「はい。私も楽しい時間を過ごさせてもらいました」


 ヴェロニカさんと席を立つと、会計を済ませてお店を出る。


「ユーリアさんの今の幸せが知れてよかったわ。またね」


「はい」


 いつものように、ヴェロニカさんに部屋のバルコニーまで送ってもらうと、そこでお別れとなった。


 楽しかったと思える時間の終わりが少し残念に思えたところで、私の手を別れ際にぎゅっと握ったヴェロニカさんを見て気付いたことがあった。


 どこか遠くを見つめているヴェロニカさんの目が笑っていないことに、最後の最後になって気付いて、お城に向けて飛び立つ背中を疑問に思って見送りながらも、最後に覚えた奇妙な違和感をすぐに忘れてしまったのには理由があった。



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