第12話 佇む聖女
体力もついた私は乗馬の練習も始めて、それなりの距離を乗れるようになると、国境沿いまで来ていた。
頑強な防護壁が、どこまでも続いていて、その向こう側は無の森と呼ばれている、木々に覆われている以外は何も無い場所だ。
魔物の存在以外は……
ここに来るのは言葉にできない不安があった。
でも、ここに来れば何か思い出せるのではないかと思ったけど……
広大な森をぐるっと迂回すると、帝国が存在している。
出立したばかりの、帰国の最中であるキャルム様は無事だろうか。
迂回して行くルートは、一ヶ月の行程を要す。
「お嬢様、これ以上先は危険です。戻りましょう」
「はい」
馬上で景色を眺め続けていると、護衛の者に声をかけられたからそれに従うつもりだった。
「えっ」
それで、引き返そうとした時、視界の中に映った人物を見て、自分の目を疑った。
「ヴェロニカさん!?」
馬を操って、その人物の元へと向かった。
「ユーリアさん。お元気?」
ヴェロニカさんに元気かと聞かれるのは変な感じだった。
彼女は一人のようで、コートを着ただけの軽装で佇んでいた。
他には誰もいないようだ。
「はい。ヴェロニカさんのおかげで、こんな風に乗馬を楽しむこともできます」
「そう。よかった。でもね、レナートが元気になってくれないの」
レナートとは、第二王子のレナート様のことだ。
王太子殿下の弟となった、六歳年下の王子。
長年自室に閉じこもっていると聞いた。
城で寝たきりだった私とは、会ったことがない。
王家の醜聞となり得る情報を、ヴェロニカさんにもあまり話せなかったのか、だから私よりも治療の開始が遅れたのかな。
「ヴェロニカさんでも治せない病があるのですか?」
「そうね……うーん……先月からレナートに何度か会ってみようとしたの。でも、上手くいかなくてね。だからね、助っ人にお願いしに行くの。それで、途中でちょっと寄り道してたところ」
そこでヴェロニカさんは、輝くような笑顔を見せた。
こんな笑顔を見せられたら、誰だって元気になりそうなものだ。
理由も無く不安を抱いて、それはやっぱり、私の思い違いなのかな。
恩人を少しでも悪く思うだなんて、私の……嫉妬心からくるものなのかもしれない。
折り合いをつけたと思った初恋の思い出を、未練がましく捨てきれなくて。
「じゃあ、私はもう行くわね。私の可愛い妹を早くレナートの所に連れて行ってあげないと」
ヴェロニカさんに妹がいたとは初耳だ。
妹みたいな存在ってことかな?
「じゃあね、ユーリアさん」
「はい。お気をつけて」
一人でいたヴェロニカさんがどうやって移動するのかと思っていると、驚くことに、そのまま鳥のように飛んでいってしまった。
聖女はあんな事もできるのかと、しばらく口を開けて、ヴェロニカさんが飛んでいった方角を見上げていた。
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