ルクレツィアの手記
■1日目
神託機関によれば法典にある大悪の存在が確認されたらしい。
大悪は迷宮都市アヴァロンの大迷宮に鎮座しているとのこと。
大悪は法典にのみ記された存在で、当然現在それを肌で知っているものは誰もいない。指導者会議ではこの点でよくない形で議論が交錯しているらしい。遥か古の時代に悪を為した存在が、はたして今の時代で何ほどの事が出来るのか、といきまく者もいるそうだ。
■2日目
大司教様より特命を受ける。
アヴァロン大迷宮へ赴き、大悪を探ること。
脅威のほどを確認後、速やかに帰還、報告をすること。
聖騎士が4人つけられる。
ライオネル
アレックス
ジョシュ
モーブ
みな歴戦の勇者だ。心強いことだ。
■3日目
出発初日。
道中は異常なし。
商隊の馬車とすれ違う。
■4日目
カル・ローン傭兵国の者たちの馬車に追い抜かれる。
彼らもアヴァロンへ向かうのだろうか? 珍しい事ではない。
大迷宮からは希少な資源や武具の類、魔法の道具まで出土されるため、傭兵や冒険者がアヴァロンに行こうとしていても不思議なことはない。
しかし、あのような速度では馬が走り潰されてしまわないだろうか。
■5日目
アヴァロン迷宮都市までもう少しだろう。
空気が悪い。
霧が出ている。
■6日目
朝早く、都市に到着。
まずは宿。そしてギルド。
宿は首尾よく取れた。
もちろんわたくしは1人部屋。
その足でギルドヘ向かう。
冒険者登録はカナンで済ませてあるため不要。
現地のものたちの声が聞きたかったのだ。
異変がないか、気になる点はないか。
カル・ローン傭兵国の傭兵達が探索隊を組んで迷宮へむかったらしい。
迷宮内でトラブルがないといいのだが。
■7日目
迷宮第1階層の探索。薄暗く長い回廊が特徴的。
特に問題はない。
宝箱を見つけ、モーブが開錠。
骨の欠片がはいっていた。
丸1日かけて探索をするもさしたる異常は見当たらず。
■8日目①
第2階層の探索を開始。荒涼とした荒野だ。アンデッドが多く出るらしい。
問題なし。
それにしても迷宮は地下にあるというのに、なぜ空が見えるのか。
ライオネルの話では、あれは現実の空ではなく、魔力のゆがみが外界を投影しているとのことだった。
■8日目②
スケルトンと会敵。
手ぬるい。
1人でも十分ね。
そうおもっていたらモーブに叱られた。
迷宮内での油断は死を招く、素直に謝罪。
探索を続ける。
■9日目
この階層は第1階層の倍はある。かなり広い。
しかし、広いわりには荒野が広がるばかりなので、随分とまあ空間を無駄にしているな、という印象。
■10日目
第2階層の探索を完了。異常はなし。
地味な花を少し採取。
上手く使えば止血剤になるらしい。
続けて第3階層の探索を開始する。
■11日
第3階層はゴツゴツした岩壁で構成されている。
迷宮というより坑道という感じだ。
道のいたるところにたいまつが掛けられている。
そのたいまつは不思議と消えないのだ。
探索者ギルドで設置したのだろうか?
初の怪我人。
といっても軽傷だ。
たいまつの光で作られた影かとおもっていたら魔物だった。
アレックスが甲を軽く裂かれるが、傷薬をふりかけ治癒。
問題なし。
■12日目
影のような魔物が厄介だ。
じっくりみればわかるのだが、たいまつはそこかしこにかけられており、その光で作られた影というのは数限りない。
良い方法はないかしら。
■13日目①
探索を続けると下に降りる階段を発見。
階段前にわずかな血痕。
先んじて探索している冒険者のものか?
結局この階層では影の悪魔への有効な対処法はみつからなかった。
傷薬を大分つかってしまったように思う。
第2階層で採取した花を煎じて傷口に降り掛けると粘着性の膜となって止血に利用できた。
■13日目②
第4階層はこれぞ迷宮といった様相。側壁の装飾などをみても、明らかに人の手が入っているのだが、この迷宮は一体だれが作ったのだろう。
やけに寒い。湿った空気が流れている。
ジョシュが墓場の空気に似てる、といいだした。
言われて見れば。
赤い肌をした小さい悪魔が現れる。
火の玉を放ってくるが落ち着いて対処。
厄介なのは蛇だ。
影に潜んで噛みついてくる。
毒もあり、ライオネルが負傷してしまう。
解毒薬を使用。
魔力は温存したいので解毒の奇跡は使わない。
■13日目③
カル・ローンの傭兵の死体が1つ。
腹部が裂けている。死因はこれだろうか。
何をされるとこのように腹が割れるのだろう。
首が切り落とされているのはアンデッド化しないように、ということか。
第4階層は余り気を抜いていられないらしい。
探索を続ける。
■13日目④
キャンプの跡がある。
カル・ローンのものかもしれない。
彼らが近いのだとしたら警戒が必要だ。
いきなり敵対はされないだろうが、油断はできない。
■13日目⑤
食料に不安を感じてきた。大迷宮は何階層まであるのだろう。あるいは引き返すことも視野にいれるべきだろうか。
■14日目⑥
下への階段を見つける。
第4階層の探索は十分ではないが、先を急ぎたい。
■15日目①
第5階層。通路などはなくただ広間になっているだけだった。西国で盛んだという闘技場に似たいるだろうか。丸みを帯びた天井、すり鉢状の空間。観客席に囲まれた円形の舞台のような形状だ。あの場で戦士が向かい合い、戦う光景が目に浮かぶようだった。
広間の奥には階段。第6階層へ続いているのだろうか。
天井は高いが、2階層のように擬似的な空が見えるわけでもない。
周辺に敵影無し。
ここで大休憩を取ることにする。
ライオネルとモーブが見張りに立つことになった。
■15日目②
モーブに起こされる。
カル・ローンの傭兵が数名階下からあがってくる。
傭兵を引き連れている偉丈夫……あれは悪名高いカル・ローンの悪魔、エリゴス・ハスラーか?
傭兵国家カル・ローンの筆頭傭兵団の団長。
魔剣ローン・モウアの使い手。
首狩りハスラー。
この男が狩り獲った英雄首は10や20ではきかないだろう。
■15日目③
敵対する意思はないことを互いに伝え合う。
彼らは王国の依頼を受けたとのことだった。
迷宮最下層の宝剣とやらについてきかれる。
彼らの目的のようだが、生憎そんなものは知らない。
這いまわる視線が鬱陶しかったが、得るものはあったか。
しかし、宝剣?
神聖国ではそんな話は聞かなかった。
こちらの目的も伝える。
本来は国の特命、秘すべきではあるが語るべきだと直感が囁いている。
エリゴスは私の話をきくと暫し思案に暮れ、礼をいって引き返していった。
彼は第6階層は厄介だ、とも言い残していった。
■16日目①
第6階層は沼地だった。壁沿いに植物が生い茂っている。足元は緑色、茶色の沼と苔が混ざり合った泥のようなもので敷き詰められている。注意してあるかないと転倒してしまうだろう。そして悪臭も酷い。長居をすれば体調を崩してしまうかもしれない。
。
ともかくも壁沿いにすすんで行く事にする。
魔物も不快だ。
触手の集合体のようなものがあらわれる。
触手の先に針がついており、これで突き刺してくるのだ。
手数も多く難儀する。
傷薬の残りがもう余り無い。
■16日目②
沼に浮かぶうつぶせの死体をみつけた。カル・ローンの傭兵だ。腹部が裂け、首が狩られている……
ジョシュの顔色が悪い。
■16日目③
ジョシュが笑い声の様な物が聴こえると言い出した。
ライオネル、アレックス、モーブはかぶりをふる。
私にも聞こえない。
だが彼はいまでも聴こえるという。
■16日目④
早くこの階層を抜けたい。沼地の上では休憩などできない。
時折襲ってくる触手の魔物のほかにも、沼の色を保護色としたトカゲが襲ってくる。トカゲといっても人の子供ほどはある大きいものだ。
これは単純にタフであるため相手をするのが大変である。
■16日目⑤
ジョシュが突然立ち止まり、笑い出した。嫌な笑い方だ。
精神を引っ掛かれているかのような。
沈静化の奇跡を使う。
ジョシュはたちまちに落ち着くが、目の奥に怯えが見えた。
■16日目⑥
下への階段を見つける。
階段周辺は石畳だった。
さすがに少し休憩がしたい。
傷薬はもうない。解毒薬は少しだけある。食料を考えるとここで戻るか、進むか悩むところだ。
一晩休む事にした。
■17日目①
ジョシュがいない。
■17日目②
沼地は足元が不安定で、捜索には非常に難儀した。ジョシュは見当たらない。ブーツに泥がしみ込んでくる。とても不快だ。ジョシュはどこへ行ってしまったのだろうか?。
■17日目③
ジョシュを見つけた。しかし彼の様子がおかしい。目は遠くを見ており、口からは意味不明な言葉が漏れる。「母に逢いに行く」と繰り返す彼の姿は、何か重い呪いに囚われているかのようだ。彼の腹部が不自然に膨れ上がっている。病だろうか?それとも何らかの攻撃を受けたのだろうか?治癒の奇跡を試みるも、効果はなく、ただ無力感が増すばかりだ。
■17日目④
ジョシュの状態に加え、沼地の魔物との連戦、毒に侵された仲間の存在。これらが積み重なり、私たちの間には焦燥と不安が渦巻いていた。言葉を交わすことすら疲れるほどに、精神的な疲労は限界に達しつつある。息苦しい沈黙が私たちの間に漂う。
■17日目⑤
ほんの一時の休息を取った後、ジョシュが再び姿を消す。私は再度の捜索を命じることができなかった。理由はジョシュの様子と、その腹部だ。彼の腹部が膨れ上がる程に、ジョシュはジョシュじゃなくなっていくような気がしてならなかった。
■18日目①
第7階層への階段を見つける。ここから先は探索者ギルドにも情報がないいわゆる未踏領域だ。私たちは「黒死聖堂」と名付けた。理由はその性質だ。完全な暗黒の空間。ここでは光源がすべて闇に飲み込まれ、目を凝らしても何も見えない。松明、魔法の光。あらゆる光が闇に吸い込まれてしまう。
■18日目②
不気味なささやき声が私たちの耳元で響く。具体的な言葉は聞き取れない。
■18日目③
私たちは奇妙な空間にたどり着いた。墓石が円形に並ぶ。そして中央には大きな棺が浮かんでいた。この暗黒空間の中でも明瞭に見える。石列も棺も、それ自体は光を放っているわけではないのに不思議とはっきりと見えるのだ。
■18日目④
ささやき声は、その棺から聞こえてくるようだ。嫌な予感がする。一旦引き返し、態勢を整えるべきか。
(手記はここで終わっている)
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