閑話:キャリエル


何度考えてもわからなかった。


何故自分は生きているのだろう。


冷たい剣が胸を貫いて、胸の奥でなにか熱いものが弾けたとおもったらギルドに寝かされていた。


身につけていた革鎧は胸の部分が切り裂かれている。


誰かが助けてくれたのか?


あの恐ろしい連中を退けて?


よくいる探索者崩れの賊徒じゃなかった。


自分だってソロ探索者の端くれだから、自分で言うのはなんだけれどそれなりに腕は立つほうだと思っている。


野盗とかそんな類ならかこまれたってへいちゃらだ。


危ない場所にさえいなければいい。


昔からそういうのがよくわかるのだ。


なにか危ない、どこか危ない、そういういやな予感を感じたとき必ず的中する。


それならあの時なぜ迷宮にはいってしまったのか、これまで働いてくれていた勘はどこにいってしまったのか、そう思っていたけれど…


今になって気付いたけれど、勘が働かなくなったんじゃない。


痛すぎて痛みを忘れてしまうように


悲しすぎて涙をながせないように


危なすぎて麻痺していただけなんだ。



どっこいしょ、とキャリエルはいつもの酒場のいつもの席に腰掛け、あたりをきょろきょろと見回した。


求める姿はなかった。


(ん~…?きてないのかな)


不味そうにエールを飲む青年。


この店は不味いエールが売りだから不味くて当然である。


とにかく安いし何となくエールっぽい味がするエールのようななにかだが、飲めば酔うので色々雑な探索者に人気なのだ。


それはともかくとして自分と同じようにソロらしい彼には妙な親近感を覚えていた。


初めて酒場で知り合ったときはなんか地味なお兄さんだなとおもったけれど、話していくうちに相手が豊富な経験をもつ先輩探索者であることがわかった。


見た目と経験がかみあっていないところがなんともミステリアスで、気になって仕方なくなってしまったのた。


それから色々と彼のことを探ってみると、見た目に合わずかなり苛烈な人だということもわかった。


ギルドが彼については一切なにも話そうとしない時点で相当危ない。


話さない理由が彼の背景だとか立場によるものなら理由はわかるが、ギルド員たちはただ怖がっているだけであったというのが危なさに拍車をかける。


彼の許可無く彼の事をはなして、それで目を付けられたくないのだ。


2回目にあったときはそれで大分びくびくしていたものだったが、口数は少ないけれど穏やかな人で、苛烈なことをするならするだけの理由があったんだろうなと思わせられた。


というより詮索していたことはとっくにばれていた。


余り感心したことじゃないと叱られながら、質問に色々答えてもらったり、他愛ない話をしているうちに何となく仲良くなったような気がしていたのだ。


そんな彼にどうしても確認したいことがあった。


だが来ていない。


探索者である以上、不慮の死というのは誰にでもありえるが、キャリエルは「あのお兄さんに限ってはそんなことはなさそうだな」と思う。


マスターにきくと「ギルドで大きい仕事を請けたみたいですよ」と言われる。


ここのマスターは探索者界隈の事情に詳しく、酒を注文すればちょっとした情報を教えてくれるのだ。


キャリエルはやや落胆するが、そう言うことなら仕方ないと1人酒を楽しむことにした。


ぬるいエールをちびちびと舐めながらキャリエルは思う。


身動きがとれないままに深くて冷たい泥に沈んでいく自分。


手を伸ばせど冷たい泥の重さに抗えず、次第に四肢から力がぬけていく。


全身が麻痺して、眠くなってしまったそのとき、手を掴んで引っ張りあげてくれる人影を見た。


その人影は、なんだかあのお兄さんに似ていた。



翌日、キャリエルは飲みすぎて少しポヤポヤする頭に難儀しながらギルドへむかった。


この前の事で呼び出しを受けたからだ。


朝一番にギルドへ出頭するように手紙がきていた。


キャリエルがギルドへいくと、ギルド受付嬢のハノンと視線が合う。


ちょいちょいと指で来いと指示され、キャリエルが向かうと小袋を手渡された。


「えっと…これはなぁに?」


キャリエルが問うとハノンは答えた。


「報酬よ。ヒヨコたちのことを身を持って守った特別報酬」


すまし顔で言うハノンの表情からは何も読み取れない。


「守れてないけど?」


──というより、私も死んじゃったはずだけど?ハノン、あなたは何をしってるの?なにを隠してるの?


言外にそう伝えるが、ハノンは表情を一片も崩さず、キャリエルの手をとって袋を握らせた。


「いい?キャリエル。あなたはひよこ達を守った。その身を呈して。失われた命はなかったの。あなたのおかげで。あなたたちを襲った賊はあなたたちが死んだと早合点して去っていったのよ。別の探索者チームが偶然あなたたちを見つけた。それで貴方達の治療がまにあった。いいわね?」


──そういうことにしておきなさい


「…そーだね。そんな気がするよ。ありがと、じゃあ報酬はもらっていくね」


キャリエルは納得していなかったが、馬鹿ではないのでギルドの言いたい事は理解した。


報酬の入った袋を「軽いな…」とげんなりしながら懐にしまい、家へ戻る。


家にもどり、袋をあけてみたらはいっていたのは…


「き、金貨…2枚!?」


驚きで飛び上がってしまった。


たった2枚の硬貨なら軽くて当然だった。


金貨2枚ということは銀貨200枚ということだ。


銀貨200枚ということは、銅貨2000枚ということになって、賤貨だったら20000枚だ!


馬鹿な!!


キャリエルの平均的な収入は1回の探索に2、3日かかり、その儲けは銀貨5枚というところだった。


妹の病気はたちの悪い流行り病で、毎月の薬代が銀貨20枚はかかってしまう。


実に毎月の半分ちかくの収入が薬代にきえているため、ボロボロの安宿しかかりれない。


薬を飲み続ければいずれは治る類のものだが、完治までに1年ちかくかかる。


病そのものより薬代を捻出するために貧困で死ぬ人数のほうが多い、非常にタチの悪い流行病だった。


楽しみといえば安くて不味いエールしかなく、正直生活はお世辞にも楽とはいえないものだったのだが…金貨2枚なんてあればそれこそ人生がかわってしまう。


無理しておっかない迷宮にもぐる意味もなくなるのだ。


だが喜んでばかりもいられない。


特別報酬だとハノンはいっていたが…一体なにがどうなって…


酒焼けした頭ではまともにモノを考えられぬとばかりに、キャリエルはベッドに突っ伏した。


懐にしっかり金貨の小袋をしまって。

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