第8話:降る雪と風渡り
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震えていた男の名前はモーブというらしい。
黒髪中髪の、やや中性的と言える顔立ちの若い男だった。
『快癒』を受けたモーブはそれまでの恐慌が嘘だったかのように黙り込み、君の前で膝をついて祈り出した。
聞き取れないほど小さい声で祝詞らしきものを述べている。
ルクレツィアもやはり跪いて何事かを呟いており、そんな光景をギルドマスター達はやや引いた目で見つめていた。
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馬車はルクレツィア達が乗ってきたものを使う事になった。
装飾こそすくないが、しっかりした作りで隙間風もない個室型の馬車だ。
座席も綿がつめこまれた上等なもので、長時間座って居ても尻が痛まない代物である。
君はご満悦で乗り込み、向かいにルクレツィアとモーブが座った。
聞きたい事も色々あるのだ、落ち着いて話せる空間はありがたかった。
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「はい、主様。その通りです。神聖魔法とは…」
「はい、主様。確かにそうです、しかし彼らも恨みますまい、主様は大悪の魔手から彼らを救ってくださったのです…」
「仰る通りです。私のほかにも聖女の位を戴くものが…」
「はい、わたくしは降る雪という聖称を戴いて…」
「ライカード…ですか、申し訳御座いません。寡聞にして…」
「ええっ!?大悪魔を嬲り、仲間を呼ばせて養殖…!?」
「なるほど、螺旋状の剣が…しかしそれは剣としての用を成すのでしょうか?」
「か、壁と一体化して思考もなにも失われ、存在が消失…?恐ろしい話で御座います…」
君たちは色々な話をし、情報を共有していく。
君はルクレツィアたちから神聖魔法とされているモノについて聞くと、自身の納める魔法とは違って随分と応用がきき、そして不安定なのだなと感じた。
結局神の贔屓次第であるというのは、君からしてみると少し不安だ。
だが、自身の状態次第でより大きな力を引き出せるかもしれないというのは切り札の1枚足りえるか、と君は思う。
元より博打染みた方法というのは嫌いではないし抵抗もないのだ。
なぜならライカードの魔法にも神に奇跡を願うものがあるからである。
願いは『必ず』叶えられる。
ただ、いくつかの願いから1つを選ぶようなものになっているが…
基本はどれも有益なものである。
代価はこの世界のように寿命…ではないが、力の根源をささげねばならない。
1度や2度なら問題はないが、何十回と繰り返してると新米探索者なみに力を奪われ、鍛えなおすのに苦労するだろう。
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神聖国への移動中、ちょっとしたトラブルが起きた。
恒例の野盗の襲撃である。
まあ馬車が少し豪華だったから無理はない。
君はつと考えた。
自分が出てもいいが…
ルクレツィアとモーブに目をやると、2人は強く頷いた。
「拝命いたしました、主様。…いきますわよモーブ。不埒な神敵を撃滅せしめます」
「ははっ!我らに挽回の機会を与えて下さったことを感謝いたします」
行け、と意思を込めて顎をしゃくると2人は猛烈な勢いで馬車からまろびでた。
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「へへへ、おいそこの綺麗なねえちゃ」
モーブの投げナイフが口を開いた野盗の口にぶちこまれ、後頭部から刃が飛び出た。
投擲と同時に弾丸のように吶喊したモーブは、流れるような上段回し蹴りを突き刺さった柄の部分に叩き込む。
蹴りの衝撃は正しく柄に伝わり、刀身部分で拡散。
野盗の後頭部をまるで石榴のようにぐちゃぐちゃにしてしまう。
この間、わずか2秒。
カナン神聖王国、聖騎士『風渡りの』モーブのスペックは野盗を秒殺する程度ならお釣りが来るほどだ。
当然の話ではある。
確かにルクレツィアは鉄砲玉扱いされてはいたが、それは神聖国の認識としてもルクレツィアならば事を為せるか、かなわずとも撤退くらいは出来ると見込んでの選抜であった。
重要な任務ではあったのだ。
だからこそその護衛としてつけられたものたちも、尊き血こそ引いてはいないものの実力には申し分がない。
『風渡りの』モーブは神聖術による身体強化に加え、出力を絞った風魔法により爆発的な推進力を得てそれを攻撃に転用する事を得手としていた。
見るも無残な姿を晒した野盗をみて、君は賞賛する。
君の目からみても良い判断であった。
速度や威力自体は未熟だが殺り方が理にかなってる、君の評価としては可といったところだろう。
初手で相手を恐慌させるというのは、対多数を相手取る際の常套戦術だとライカード戦術ドクトリンでも教えている。
初手で最大火力をもって1人を打ち殺す、初手で最大火力の『核炎』をもって相手を焼きつくす。
そこで混乱や恐怖を与え、次なる攻撃の勢いとすべし。
大事なのはまず初手なのだ。
そういう観点で、速やかに敵手1人を惨たらしく殺害したことは戦術的にも正しく、また君自身の戒律的な視点からしても、罪なき馬車を襲うような悪(EVIL)な者の殺害はまごうことなき善(GOOD)だと誇るべき行いと言える。
唖然としていたほかの野盗が我にかえると、ぱらぱらと空から降る白いものに気付いた。
──雪?
季節は初夏。
薄着でも日中なら汗ばむほどであるというのに、雪?
野盗たちが呆然と空を見上げていると、鈴がなるような声が響き渡った。
「主様に仇なさんとする神敵の皆様。余所見をしている暇は御座いませんわ。罪に塗れしその体、降る雪の重みで拉げ、潰れてお仕舞いなさい」
──降る雪の聖女ルクレツィア
その名の由来は彼女の扱う固有の魔術に拠る。
冷気を佳く操り、神聖術にも長じる彼女の『聖雪』は、細雪の一片一片に虚偽判定の術式が載せられている。
雪に触れたものには、あなたは善なる存在ですか、という問いかけが魂に投げられる。
判定により悪とされれば、雪は重みを持つ。
そう、だから悪行を重ねたものは無数の粉雪に乗せられた自らの罪の重さにその身をひしゃげさせ、地の染みとなるのだ。
「な、んだ、こりゃ…あ…っ!」
「重い、が、アアアアアアアー!」
血で紅く染まる雪は、降り積もるそれに白く上書きされていく。
野盗たちが潰れて果てる姿を、ルクレツィアは静かに見ていた。
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