第5話:『それ』


「姐さん、無事だったんですね!…お前らも!」


ギルドでへたり込んでいた新米探索者の一人が泣きながら仲間に抱きすがる。


「う、うん…さすがに死んじゃったとおもったんだけどな…」


キャリエルは自分の体をあちらこちら検分するが、これといった異常は見当たらない。


そしてそれは斬り捨てられた2人の新米も同じであった。


「奇跡でも…起きたンすかね…」


無事だった新米の片割れがいう。


気の強そうな顔立ち、だが若い彼はゼナというらしい。


賊の襲撃に仲間をまもろうと真っ先に立ち向かい、真っ先に殺された青年。


「う、うん…。ぼ、ぼくおなかを……」


おどおどと腹をさする小柄な少年は、腹を突き刺されぐちゃぐちゃにミキサーされていた…はずだった。


感涙に、そして疑問にざわめく彼らを探索者ギルドの受付嬢が静かに眺めている。



君は馬小屋で揉めていた。


「いやだから、困るんですよ。ここは宿屋じゃないって何度言ったら分かるんですか?え?お金なら出す?あのね、そういう問題じゃなくて…ってえええええ!?」


君は速やかな睡眠を必要としていた。


『大蘇生』を3回、『生命』を5回も使わされたのだ。


ちなみに今回の『生命』の成功率は40パーセントだった。


人分の灰をみて君は立ち尽くしたが、2人残ったしまあいいかと吹き散らしてしまった。


3名の賊はロスト(存在消失)したに等しい。


まあ仮に灰をかき集めて蘇生すればもしかしたら生き返るかもしれないが…


とにかく君は眠りたかった。


だから金を積んで馬屋の男を黙らせた。


生理的に睡眠を必要としているわけではない、魔法の回数が問題なのだ。


これは君に限った話ではないのだが、魔法の回数が全て9回使える状態にないと君達ライカードの探索者は酷く落ち着かなくなる。


爪をかりかりと噛むようになり、気も立ってしまって短気になるのだ。


回数は1日睡眠をとる事で回復する。


なぜ宿屋に泊まらないのか、と疑問に思う人もいるかもしれないが、ライカードで多少なり功成り名を遂げたものは皆馬小屋で寝ることを好む。


ライカードは常在戦場、尚武の気風。


それが多少なり影響しているのかもしれない。


藁を並べしっかり寝床を作った君は気分よくそこへ寝転がる。


仰向けに寝そべって、馬達を見ていると魔力がどんどん満たされていくようだった。


それにしても、と君は先ほどまでの事を回想する。


程度の低い賊とおもいきや、賊の頭目と思しき女は君の呪文に抵抗してみせた。


恐らくあのアミュレットの力なのだろう。


他の4人もなにかしらのアミュレットをもっていたようだが、それは抵抗を破ると同時に破壊している。


あれが『彫像』ではなく、攻撃呪文だったらどうなのか?と君はおもうが、アミュレットはギルドに回収されてしまった。


とはいえ依頼は果たした、まあいいだろう…と君は無理矢理自分を納得させて、目を閉じる。



探索者ギルド、特別尋問室。


尋問官は困惑していた。


「ですから!カナンへ問い合わせればよいでしょう!わたくしの名前はルクレツィア・フォン・エッセンバウムです!カナン神聖国で正真正銘の司祭位を賜っておりますのよ!」


白銀流麗ともいうべき美しい銀色の髪を振り乱し、女が狂乱絶叫していた。


「あのお方はどちらにいらっしゃるのかしら!?わたくしは目が覚めたのです!穢れに満たされた汚泥から救い出されたのです!嗚呼…神よ、お許し下さい…恐るべき邪神は余りにもおぞましく、わたくしの信仰は粉と砕かれました…」


ひざまずき、祈り、涙を流し嘆く女は余りにも奇態な様子ではあるが、どこかしら神聖な雰囲気が漂ってきている…ような気がする。


それに、尋問官にとって気になる単語も出てきた。


──『ルクレツィア・フォン・エッセンバウム』だと?降る雪の聖女か!少し前、未帰還となったパーティの…。あの時は神聖国からかなりの突き上げがあったらしいが…

それが、なぜ探索者を襲う賊に?


何がなんだかさっぱり分からなくなった尋問官はギルドマスターへ丸投げする事に決めた。




降る雪の聖女、ルクレツィア・フォン・エッセンバウム。

カナン神聖国出身の戦闘聖女バトル・プリーステスである

欠損を癒すほどの強い治癒の魔法のみならず、上位のアンデッドすら祓い清める破邪の魔法により彼女はカナンで司祭位に奉じられていた。


司祭といってもこれはいわゆる町の教会で説法をかたる司祭ではない。


人に害為す魔に抗する尖兵としての司祭だ。


彼女はある日、神聖国の大司教より特命を賜った。


──神託機関より布告!


──かの迷宮都市にて大呪大悪の兆しあり


──汝、かの地にて仔細を調べ、伝えよ



大呪大悪。


果たして、大陸そのものが呪われるということがあるのだろうか?


法典によれば「大呪大悪顕れる所、夥しい血が流れる」とされている。


事実、この大陸ではある一定の周期で災厄が起こっているのだ。


それは偶然ではなく、ある種の呪いが1つ所に集束しているからだ、と神聖国の高名な神学者は見解を語った。


そしてある時、神聖国の神託機関が予知を出す。


神託機関とは先見、予知、先触れ、そういった先を見通す類の特性を持つものたちを集め、この先起こるであろう災厄を予測させ、神学者達が解釈し、被害の低減を図ろうと神聖国に設立された機関である。


予知自体がそもそも中々成立しないが、一旦くだされた予知の精度は高く、神聖国としても機関の判断を最優先解決事項として検討しなくてはいけない。


そこで神聖国はルクレツィアを派遣することに決めた。


癒し、破邪、その精神性、魔に対峙する適正は極めて高く、またこれは生臭い話になってしまうのだが、万が一の場合、彼女は平民出身であるためにトラブルになりづらい、という理由もあった。


そして使命に燃えるルクレツィアはある日、アヴァロン大迷宮で消息をたった。


同じくカナンから一緒にきていた4人の護衛達と共に。



『それ』には感情はない。


ないが、あえて人の感情を当てはめるとするなら、懊悩、だろうか。


もう少しだったのに、とそのいやらしい身をくねらせているに違いない。


事実、本当にもう少しだった。


『それ』は彼女の中で徐々に増えていったのだ。


破邪の力などは『それ』に何の痛痒も与え得ない。


なぜなら『それ』は善でもなければ悪でもないのだから。


むしろ強い意思は『それ』の良質な餌にすぎなかった。


だがもう叶わない。


突然膨大な破壊の奔流が吹き荒れ、彼女とともに『それ』の大部分も死んでしまったからだ。


死体からはエネルギーを得ることはできず、『それ』は彼女の元を離れた。


本来ならば、彼女は無残な──…死ぬことよりもはるかに無残な末路を遂げていたはずだった。


そうして発生する『門』から、アレが顕れ、この国は滅びるはずであった。


だが、歴史が変わろうとしていた。

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