ダンジョン仕草

埴輪庭(はにわば)

第1話:キャリエル

君は人差し指を小鬼に向け、一言呟いた。


――『小炎』


指にポゥっと灯った仄かな灯りは周囲の空気を取り込み、握り拳くらいの大きさへと膨張する。


膨張した弾は君の意思のままに飛び、小鬼の左目に着弾。


バァンという炸裂音が響いたと思えば、小鬼の頭部はもはや元の形を留めてはいなかった。


君にとっては見慣れた光景だ。


君は暫し小鬼の首なし死体を見つめた後周囲を見渡し、やがて短刀を腰から抜き死体へと近づく。


物陰には魔が潜む、探索者よ、留意せよ――探索者ギルドのギルドマスターの金言である。


君の目当ては魔石だ。


迷宮の魔物の体内に在る、価値のある石。


探索者ギルドの依頼で、コボルドと呼ばれる小鬼の魔石を君は集めていた。




迷宮。


生と死を孕む魔窟。


君は迷宮都市アヴァロンの第三級探索者だ。


そしてライカード王国が誇る魔導散兵隊の1人でもある。


いや、1人でもあった。



君はあれから何匹かの小鬼を狩り、魔石を手に入れた。


疲労はない。


だが少々魔法のストックをつかってしまった。



高位の魔法はまだ9回ずつ使えるものの、そういうものをつかってしまうと魔石ごと木っ端微塵に砕いてしまうのだ。


君はため息をついて帰路へつくことを決めた。


君は魔石を探索者ギルドへと持っていく。



ギルドの受付に君は子鬼の魔石をもっていくと、受付嬢は数をかぞえ、傷ついていないか質を確認する。


この受付嬢の仕事を君は高く評価していた。


安くも見積もらないし、高くも見積もらない。


そんな正確な仕事は君の心を安らかにする。


物事はあるべき形、踏むべき手順があると君は常々考えている。


正確な仕事ぶりのこの受付嬢の事が君は好きだった。


きっかりと銀貨4枚を受取り、君は礼を述べてカウンターを離れていく。


「子鬼の魔石なんて汚いモン持ってくるんじゃねえよ。お前何級だ?」


背後からそんな声が聞こえてくる。


「随分とまぁ下品な言葉遣いをするものだ」と思いながら君は振り返らずギルドを出ようとしたが、その肩をつかまれる。


「待てよ!無視だと?俺をなめてるのか?」


君は男へ尋ねた。


これは攻撃か?と。


敵対するのか?と。


君の戒律『善(GOOD)』だ。


戒律とは生き方の指針である。


ライカードの者はみなこの戒律の胸に秘める。


従って正道をよしとする君がゆえなき攻撃を行う事はない。


周囲がにわかに騒がしくなる。


男に対して周囲のものから忠告が為された。


「やめとけ。こいつは魔石をもってきただけだ。そして俺達探索者は魔石を持ってくるのが仕事だ。そうだろ?」


男は顔を真っ赤にして答えた。


「ならよ!!ちゃんと仕事をしろってことだ!こんな雑魚の魔石なんざじゃなくてもっとマシなモンもってこいよ!」

男が吠えると酷く冷たく、背筋がゾクゾクするような声が響き渡った。


「探索者の皆様が仕事をしているかどうかを判断するのは我々ギルドです。貴方ではありません」


──まるで『猛凍』のような女だな


君は受付嬢の冷たい態度から、最上級氷結魔法を連想した。


そして受付嬢の仲裁をありがたく思いその場を離れようとする。


だがそうは問屋が卸さなかった。


男は益々激昂し、あろうことか君の肩に掴みかかったのだ。


乱暴な手つきだ。


少々痛みすら感じる気がする。


多分、きっと。


もしこの身が脆弱であったなら感じたに違いない!


痛いのならば、もはや攻撃だ。


友好的な自分に対し、攻撃をしかける。


なればそれは『悪(EVIL)』の所業。


君の眼の色が変わる。


勿論比喩的な意味だが。


明らかに『殺す』目つきになってしまった君をみて、周囲のものや受付嬢は沈痛な表情を浮かべた。


以前、同じような場面があった。


その時、君に狼藉を働こうとしたものは、こともあろうに剣を抜いたのだ。


光物を抜く以上は殺し合い、つまり先手必勝である。


相手は数瞬後に頭を吹き飛ばされた。


首無し死体からピュウピュウと血が吹き出る様子をみて君は、悪党の血も赤いのだなと当たり前だが狂ってる感想を抱いたものだ。


受付嬢は思う、せめて今回は少しでも穏便な結果になりますように、と。


男は激昂のせいだろうか、自分がまさに死地にいることに気付いていなかった。


「ああ!?なんだその眼はよ!気に入らねえな!」男は開口するなり、その拳を振り回し君の右頬を殴り飛ばそうとした。


しかし…


突如として男は全身から血を噴出し、その場に昏倒する。


みれば細かい傷が全身についているではないか。


まるでガラス片で全身を刻まれたかのような姿に周囲の者たちは戦慄を禁じえない。


『傷害』の魔法だ。


敵対者へ小さい傷を与える魔法であり、僧侶系でも最下等のものである。


といっても、程度の低い魔物なら即死させることもあるため侮ってはならない。


君はギルドを後にした。


止めをささなかったのは君の善性がこの上なく発露した結果と言える。


それに、君の考えとして「仮にも探索者ならばあの程度で死ぬはずがない」というものがある。


戦を生業とするならば『傷害』程度の木っ端スペルで死ぬ事はもはや犯罪行為に等しい。


君は本気でそう考えている。


素手で殴りかかってくるならば殺すまでもない、あの程度の傷ならすぐ治るだろう。


敵対者を殺すことなく場を収める。


「善(GOOD)の鑑のようだな」と君は自画自賛した。


君の世界での善とは、『困っている人を無償で助ける』ことを良しとしているが、悪意のあるものの暴力を甘んじてうけるべしなどという事は良しとはしていない。


むしろ敵対者は皆殺しにするのが当然の事である。


敵ではない困っている人がいれば見返りなく助ける。


それが君にとっての善であるのだ。


敵が困っていたら?勿論殺す。



ギルドを出ると君は空を見上げた。


夕焼けに染まる空を見て、今日の迷宮探索は終わりだと判断すると、酒場へと向かう事に決めた。


ギルドに併設されている酒場は探索者達でごったがえしていた。


酒の匂い、料理の香りが混ざり合い、探索者達の笑い声やら、罵声やらが響き渡る中を君は進み、奥のカウンター席へと腰を下ろす。


マスターが注文を取りに来るのを待ちながら、君は酒場内を眺めていた。


カウンターの奥のほうでは探索者同士が、探索についての愚痴を言い合っている。


また、その手前側ではテーブルに突っ伏して眠っているもの、それを囃し立てるもの、更にその横では探索の帰りなのか、一杯ひっかけて帰ろうとしているものもいる。


君はカウンターへ向き直るとマスターに酒を頼む。エールのジョッキが置かれるのを待って君は口をつけた。


常温のエールは余りうまくはなかった。


ライカードのエールが恋しい。


しかし、なぜこんなことになってしまったのか…と君の胸中に郷愁の念が湧いてくる。


新種のテレポーターの罠なのだろうか…それとも別の理由があるのだろうか……君にはわからない。


君が突然消えてしまったことに、仲間達はなんと思うのだろうか。


悲しんでくれるだろうか、探し回ってくれるのだろうか。


しかし君はもうライカードには居ないのだ。


そう思うと、急に孤独感と寂しさを感じてしまう。


君はため息をつくと、エールの残りを一気に飲み干した。


そしてお代わりを頼んだところで、不意に声をかけられた。


「やっほー。おいしそうに吞んでるね、お兄さん」


君が声のほうへ振り返ると、使い込んだ革鎧と短いショートソードを佩いた若い女がたっていた。


赤いショートヘアは活発そうな顔だちによく映えている。


「キャリエルっていうの。お兄さんは?」


君は短く名前を答えた。


彼女は隣の椅子に腰掛けて、君のほうに身を乗り出してくる。


「ねぇ、私も一杯飲んでいいかな?さっき探索が終わったばかりで疲れちゃって。独りで飲むのもなんだし、よかったら一緒にどう?」


そういって返事を待たずに酒を注文してしまうと、君の分と自分の分を注ぎだす。


そして君は何かをいおうとする間もなく、彼女からグラスを手渡された。


そしてにっこりと微笑むと、乾杯を催促するように、自分の持つグラスを君のそれに軽く当ててくる。


仕方なしに君がグラスを当てると、彼女は満足そうに笑みを浮かべた。


「お仕事、ご苦労様」


彼女はそういうとグラスを傾けて一口飲んだ。


君は彼女のほうをじっと見つめたが、どうにも掴めない性格のようだ。


「なぁに?そんなに見つめられるとお姉さん困っちゃうな~」


君は苦笑いしながら視線を外す。


その様子がおかしかったのか、彼女が笑う。


「あははは!照れなくていいのに。可愛いなぁ。ところで、さっきギルドであなたの事を見たよ」


さっき、といえば、あの無礼な男に仕置きをくれてやったときだろうか?


君が問えばキャリエルが首肯した。


「あれは…魔法?みたことがなかったな。お兄さんはスペルキャスターってことでいいんだよね?」


キャリエルが聞いてくるが、君は柔らかに否定する。


必要とあれば剣も使うし、場合によれば拳だって使う。


君はライカード王国では魔導散兵というエリート兵科だった。


魔導散兵はそれこそ勝利のためならなんだって使うのだ。


君の好きな戦法は会敵の瞬間『核炎』を放ち、ビビった敵の腹をブロードソードでぶち抜いてやることだった。


「なんでも出来るわけか…凄いね。それならソロでもやっていけるってわけか。私も実はソロでさ、だからお兄さんに少し親近感わいちゃったんだよね」


君が答えるより先に、彼女が続ける。


「私のスタイルはファイターだよ。剣と盾でガンガン攻撃してく感じで」


君は驚嘆した。


戦士でソロとはなんと命知らずなのだろうか。


ライカードでは、迷宮は6人で挑むものであり、この6という数が減れば減るほど生存率は下がるという常識があった。


それ故に、前衛職のソロというのは自殺志願者としか思えなかったのだ。


君がそう言うと、彼女は肩をすくめて見せる。


「ま、そう思うわよね。でもね、探索者の世界ではパーティを組むよりも一人のほうが稼ぎがいいんだってことくらいわかってほしいな」


確かにその通りだ。


君は深く納得すると再びエールを飲み始めた。


しばらく、君は彼女の話を聞きながら酒を楽しんだ。


探索者についての知識を深めつつ酒を飲むというのも乙なものだろう。


「それよりさ、お兄さんは何でも出来るからソロなの?それとも何か理由があってソロなの?」


君は後者だと彼女に告げた。


この世界の探索者というものは名前負けしている、と君は感じている。


迷宮とはすみからすみまで踏破すべきものではないのか?


たとえ過去に他者が探索済みの場所でも、自分が足を踏み入れた事がないのなら足を運ぶべきだ。


ライカードの探索者はみなそうしていたし、君も先人からそのような薫陶を受けオールマッピングの思想に染まっている。


探索者とは名ばかりの雑な探索に以前同行したことがあるが、ストレスがたまって仕方なかった。


戦闘もそうだ。


なぜ様子を見る必要があるのか君には理解できなかった。


もちうる最大火力で先制攻撃し、倒し損ねた敵をあらためて前衛が始末すればいいではないか。


勿論後に強敵との戦いを控えている事が分かっていたなら話は別で、多少は節約をしなければならないだろうが……。


だがあからさまな様子見などは愚行である。


相手に一々見になどまわっていたら、敵からの広域殲滅魔法でこちらが先に殺されてしまう。


殺られる前に殺れ、それがライカードの常識だ。


とはいえ、そのへんのことはこの世界のものにはわかるまいと君は理由を話さなかった。


それに、と君は思う。


もうここはライカードではないのだな、と。


君はにわかに気分が暗くなってきた。


「どうしたの?お兄さん」


君の表情の変化に気づいたのか、キャリエルが声をかけてきた。


君はなんでもないと返すと、グラスに残った酒を一気に飲み干した。


「大丈夫?なんか顔色悪いよ」


彼女は心配そうにそういって君の顔を覗き込んでくる。


君は平気だといって、彼女を安心させた。


「そっか。じゃあ飲みましょう!私の奢りよ!」


彼女は君の背中をバンと叩くと、お代わりを注文する。


そして君は彼女に促されるまま、夜遅くまで彼女と飲んでいた。


夜が更けていく。


ライカード、ああ我が故郷。愛する我が国に賞賛あれ。

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