第34話 王女の婚約者
見れば、金髪の少年がこちらに向かってくるところだ。
年の頃は十代半ばほどだろう。服装は上等なものだが、あまり着慣れていないのか、どこかぎこちない印象を受ける。
少年は俺の前に立つと、俺を見上げて睨みつけてきた。
「さっきからみんなこいつの事ばかり!! こんな陰気なおっさんの何がいいんだ、ふっざけんな!!!」
「……」
言いたい事はわかる。反論の余地はなかった。
俺はまだ二十代だが、十代の若者からしたら十分におっさんだろう。反論できぬ。
「なんだよ、てめぇ何か言いたい事があんのか、このヴァハルランス公爵家の嫡男でうるテリム様に!」
「いえ、特には」
俺の言葉に、テリムと名乗った男は激昂する。
「馬鹿にしてんのか!!」
「いえ、していません」
「じゃあ何だよその態度はよぉ!?」
「はい、申し訳ありません」
「ああもうムカつくぜ!!!」
怒りを撒き散らす少年貴族。
落ち着いてほしい。
「おい貴様、何を騒いでいる」
この光景に気づいたレオンハルト殿下が言う。するとテリムは殿下を見て言った。
「これは王太子殿下。俺はただ、勇者気取りのよそ者に教育しようとしていただけですがね」
「はい。自分はいまだ貴族社会の常識に疎く、至らぬ身故」
俺は少年をフォローする。
「な……!! ふざけてんのかクソが!!」
「ふざけてなどいませんが」
「て、てめえ……!!!」
顔を真っ赤にする男。
俺は首を傾げた。……何故、俺は絡まれているのだろう?
「貴様……俺を誰だと思っている……!」
「申し訳ございません、存じ上げません」
「この俺が誰か知らねえだと……?」
「この世界に来て、日が浅いもので、常識に疎く。無知と非礼をお詫びいたします」
「……!」
テリムは絶句した。そして、しばらく呆然とした後、叫んだ。
「俺はアラン・ウィンス・ヴァハルランス公爵の息子、テリム・ノール・ヴァハルランスだ! そして……」
にやりと笑う。
「そこにいるリリルミナ姫の婚約者だよ!」
「そうですか」
……リリルミナ姫を見ると、困ったような顔でうつむいていた。
「つまり、貴方はリリルミナ姫の恋人なわけですね」
「そうだよ! わかればいいんだ、分かればなぁ!!」
怒鳴るテリム。
なるほど、そういうことか。俺は納得した。
(恋人の目の前で、別の男が褒められているのが気に食わないということか)
独占欲が強い男のようだ。青春というやつか。
「恋人ではありません。婚約者です」
リリルミナ姫が口をはさんできた。
……。
なるほど。
「失礼しました、姫」
「いえ、誤解なさらないでいただけたならそれで」
俺は謝罪し、リリルミナ姫はそれを受け入れてくれた。
だが。
「ふっっっっざけんじゃねえぞてめええええええ!!!」
絶叫を上げるテリム。
「いい加減にしろよお前……!」
「落ち着け、テリム」
レオンハルト殿下が言う。
「落ち着いていられますか! なんであいつはあんなに余裕なんだよ! 普通は焦るもんだろ!」
いや、そういうことはないと思うが。
兵士は常に冷静でなければならぬ。常在戦場だ。
「だからと言って、相手に詰め寄るのは良くないぞ」
「ぐ……!」
「それに、彼は勇者だ。お前とは立場が違う」
「それがどうしたって言うんですか! 勇者なんて、しょせんは平民の出の成り上がりじゃないですか!
俺は貴族だ、公爵家の跡取りだ! その俺がどうして我慢しなければならないんですか!」
「貴族であるなら、なおの事落ち着かれてはいかがですかな」
アインハルト殿下も言う。
「貴族に求められるのは、常に優雅に、理知的に、ですよ。貴方の今の言動は侯爵家に泥を塗るに等しいのではないでしょうか」
「……」
アインハルト殿下に言われて押し黙るテリム。そして俺の方を見た。
「なるほど。礼儀作法に則っていればよい、と殿下はそうおっしゃるのですね」
テリムは笑う。
「おい、何をする気だ」
レオンハルト殿下の制止も聞かず、テリムは俺の前に来て、そして手袋を脱ぎ、投げる。
俺は避けた。
「避けるなよ!!!!!!」
「そういわれましても」
物を投げつけられたのだ。避けるのは当然ではないか。
しかしテリムはそれを侮辱行為として受け取ったらしく、さらに激昂する。……まったく理解できないが、とにかく面倒なことになったなと思った。
「おやめなさい」
凛とした声が響く。
見れば、リリルミナ姫が厳しい表情を浮かべていた。
「リリルミナ姫」
「テリム様、あなたが私のために怒ってくださるのは嬉しいですが、しかし勇者様を悪くいうことは許せません」
「だって……!」
「テリム様。私の前では、どうか寛大な心をお持ちください」
「……」
リリルミナ姫に諭され、テリムは渋々と言った様子で引き下がった。
「申しわけございません、勇者様」
リリルミナ姫が頭を下げてくる。
「いえ、お気になさらないでください」
「いいえ、勇者様は私を助けてくださいました。あの時、勇者様が駆けつけてくださらなければ、私は死んでいたでしょう。
私だけではなく、国そのものも……」
「……」
「勇者様のお陰で命拾いいたしました。本当に感謝しております」
「いえ……それはもう終わったことですし」
いつまでも恩に着せるつもりはないのだが。
その時、姫と話している横から、何かが飛んできた。
避けた。
「だから避けるな!!」
「そう言われましても」
俺はそう言って手袋を拾う。
それを見てテリムはにやりと笑った。
「受け取ったな、決闘成立だ」
テリムが言った。……どういうことだ。
「決闘……?」
俺は聞き返す。
「おう、投げた手袋を拾って手に取ったな。だから決闘だ。文句あるか?」
「そういうものなのですか」
それは知らなかった。
「ああそうだよ!」
「わかりました。ですが……」
「よし、じゃあ決まりだな。明日の正午、場所は闘技場だ。リリルミナ姫を賭けて勝負だ、逃げるんじゃねぇぞ!!」
そう言ってテリムは去っていく。
「……何なのだ、一体」
俺は困惑した。
姫を賭けて決闘? それはさすがに……問題ではないのか。
「勇者殿、大変な事になりましたね」
「いや、これは困ったなあ!」
両殿下が言って来る。
二人とも笑っているのだが。
「……困ったように見えないのですが」
「まあ、いずれこうなるかなとは思っていましたし」
「あのガキ、向こう見ずだからな。しかし勇者殿の煽りスキルは笑えたぜ!」
「煽ったつもりなど、ないのですが」
本当に解せぬ。何故俺は絡まれなければならないのだろうか。
「勇者様、本当に申し訳ありません……」
リリルミナ姫が微笑みながら言ってくる。
「……謝罪しているわりには、嬉しそうですが」
「そんなことありません!」
……本当か?
ともあれ、面倒なことになってしまったようだ。
「先輩! 姫を賭けて決闘なんて素敵なシチュエーションですよ!」
「……」
ここにも面倒な奴がいた。
喜ぶんじゃない。
「フィリム」
「はい」
「お前は少し黙れ」
「はーい」
俺はため息を吐いた。
(全く、何故こんなことに)
俺は頭を悩ませた。
だから舞踏会になど参加したくなかったのだ。
「テリム様も、悪い方ではないのですが……」
リリルミナ姫が言う。
「でしょうね。敵意は感じましたが、悪意は感じられませんでした」
敵意だけなら滅茶苦茶大きかったが。
敵意というか……嫉妬心と対抗心か。
「確かにあいつは悪い奴ではないんだがな……」
レオンハルト殿下が言う。その口調だと、別な所に問題があある、ということなのだうか。
「何か、問題でも」
「まあ、あれだ。親父だな」
「というと、ヴァハルランス公爵……ですか」
「うむ」
「ヴァハルランス公爵家と言えば、ウィンス王国の中でも有数の名門貴族です」
アインハルト殿下が声を小さくして言う。
「ですが、いくつもの黒い噂がありましてね」
「黒い噂……ですか」
「まあ、ここでは言えないようなことだな! 知りたければ今度俺の所に来い!教えてやるぞ!」
「兄上……」
アインハルト殿下がため息をつく。
……ふむ。色々と問題のある貴族のようだ。
色々と探りを入れる必要がありそうだな。
アトラナータに頼んでおくか。
どこの宇宙でも、やはり……貴族というものは面倒くさい。
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