第7話 戦闘開始
「改めて自己紹介させていただきます、天界の勇者様、聖女様。
私は冥王討伐隊の指揮官を仰せつかっている、ライオネル・アドルム・ガーヴェイン伯爵と申します。以後お見知りおきを」
そういって恭しく礼をする男――ガーヴェイン伯爵。彼の後ろには数十人の兵士が整列している。どうやら彼らが騎士のようだ。
「わ、わたし聖女ですって、せんぱい」
なぜか嬉しそうに言うフィリム。
「よろしく頼みます」
俺はとりあえず挨拶を返すことにした。
すると騎士たちからも一斉に敬礼されたので、こちらも軽く返礼しておいた。
「私達は」
リリルミナ姫が地図を指す。
「この山脈にいる、冥王をすために遠征していたのです」
彼女が指したのは大陸の北に位置する巨大な山々だった。その最高峰には雪が積もっており、かなり標高が高いことがわかる。
少なくとも人間が登れるような場所ではないだろう。
ちなみにここは南の王国領の端っこらしい。
つまりこの山を越えたらそこは敵地という事になる。なかなか過酷な旅だな。
「その過程で、冥王配下の死霊騎士アガンディルに、勇者様は討たれたのです、そして我々は敗走していて……」
そこを俺たちが通りがかって助けたというわけか。タイミングが悪かったか。
もう少し早く来ていれば死なずに済んだのかもしれないと思うと申し訳ない気持ちになる。
「それで姫様はどうなさるのですか?」
フィリムが聞く。
そうだ。この後どうするかによって俺たちの行動指針が大きく変わることになる。
「もちろん進みます! 勇者様の仇を討つために!」
姫様は拳を握りしめる。なるほど、決意は固いようだな。ならばそれを阻む理由はない。
「ではご一緒しましょう!」
フィリムが元気よく言った。
それに俺もうなずくことで同意を示す。
こうして、俺たちはリリルミナ姫一行と同行することになったのだ。
「その死霊騎士と冥王についての情報をもっと詳しく知りたいのですが」
俺が言うと、リリルミナ姫は頷いた。
「もちろんです」
彼女は説明を続ける。
「まず死霊騎士についてですが……あれはおそらく、魔界に住まうとされる不死族の一種ではないかと思われます」
『ふむ……』
アトラナータが言った。
『その魔界が我々の知る宇宙魔族の領域なのか、それともこの惑星だけの話なのか興味はありますね』
ややこしくなるなそれ。
『まあおそらく別種でしょう。我々の知る宇宙魔族と同種とすれば、この惑星の低レベルな文明ではあっさり滅亡しているかと』
「まあそうかもしれないが……俺達でも軍勢でもなければこの星滅ぼしたりできないだろう」
『この程度の文明の星なら、私一隻あれば可能ですが』
「……お前普通の輸送船のはずだったよな」
『共和国はそういうふうに思ってましたね』
あっけらかんと言うアトラナータ。
『まあとにかくです』
アトラナータは言った。
『どちらにせよ脅威度は低いかと』
「過信するのも危険だがな」
驕れるヘイ公爵家は久しからず、という言葉もある。
共和国軍もフィジカルだけの宇宙原人の軍勢に敗走した事もある。油断はできないと思うべきだろう。
「話を続けてください」
「はい。死霊騎士は魔界より現れる不死族の中でもエリートであり、高い戦闘力を誇ると言われています。特に剣技に長けており、魔法への耐性も高いとされています」
「厄介そうですね」
俺はつぶやくように言った。話を聞く限り相当強いようだ。
「勇者殿も死霊騎士には……」
伯爵が言う。
魔法が通じない、か……その情報はありがたい。
何しろ俺たちの武器は魔導科学によるものだ。エーテル弾を撃つモードのブラスターは効かないということだ。
しかし前もって知っていたらやり様はいくらでもある。
「それから、これは噂なのですが……死霊騎士の中には勇者殿のように特殊な能力を持つ者もいると聞き及んでいます」
特殊能力か……それはまた厄介な話だ。もしそんな奴が出てきたら苦戦は免れないだろう。
「ありがとう、参考になりました」
俺が礼を言うと、リリルミナ姫はうなずいた。
「さて次は冥王とやらの情報が欲しいのですが」
俺が言うと、今度は姫ではなく伯爵が口を開いた。
「冥王ヘルディースは魔王軍の大幹部にして、人類種の宿敵です」
「どんなやつなのですか?」
「冥王は死者の王です。その姿を見たものはいませんが、強大な力を持っていると言われています。」
やはり魔王軍というのはそれだけ恐ろしい存在のようだな。
「ヘルディースの操る死霊騎士団は強力無比。その数は膨大で、さらには強力なアンデッドモンスターを従えていると言われています」
「なるほど……」
「そしてヘルディースはこの世界に降臨して数百年になりますが、未だ一度も傷を負ったことが無いとてうことです。魔王を除いては」
「それほどまでに強いのですか」
俺は感心するように言った。
「はい。そのため我々人類種は魔王軍に対して劣勢を強いられてきました」
リリルミナ姫が暗い顔で言う。
「そこで私たちは異世界より召喚した勇者様と共に、この世界のどこかにいる冥王を討伐するために遠征していたのです・
しかし……」
「そうだったのですね」
その勇者は死んでしまった。
彼女たちにとってはもはや手詰まりだったのだろう。
「はい。ですが……冥王討伐は成らなかったものの、勇者様の死は無駄ではありません。
天界の勇者様方が我らを救ってくれたのです」
なるほど。
俺たちはまさに蜘蛛の糸といったところか。
そのような状況ならば、俺たちに対する視線も納得がいく。
心苦しいが、この状況は利用させてもらったほうがいいだろう。双方のために。
「だいたい理解しました。
かなりの手ごわい相手のようですが……問題ないでしょう。
アトラナータ、偵察用ドローンは出せるな?」
『はい。ネメシスに二十機ほど搭載しています』
「よし、じゃあそれらを使って周辺を探索しよう。何か見つかるかもしれない」
『了解です』
俺たちの会話に、リリルミナ姫が感動する。
「あ……ありがとうございます!」
「では私は部下たちに指示を出してきます」
伯爵が言う。
「ええ、お願いします伯爵」
そうして、俺たちは行動を開始した。
それすら十数分後――
『マスター、敵性個体を複数発見しました』
しばらく進んだところで、アトラナータが報告してきた。
『敵はゾンビとスケルトンが多数です』
中空にディスプレイが投影される。そこにはアンデッドの軍勢がいた。
そして……
「あれは……死霊騎士アガンディルです!」
伯爵が指す。
ひときわ大きい、2メートルを超える巨体の、鎧に身を包んだ骸骨が居た。
なるほど、確かに強そうだ。
「アガンディル……そんな、あれが追撃に来ているなんて……」
リリルミナ姫が言う。その声には恐怖が滲んでいた。
「大丈夫です。私たちに任せてください」
「勇者様……」
不安げな彼女を安心させるように声をかけると、姫は少し落ち着いた様子を見せた。
「姫様、大丈夫です。先輩はこう見えて歴戦の強者なんですから。前に宇宙サイクロプス討伐作戦の時なんか……」
「フィリム、今はそれはいい。それより、あいつらを倒すぞ」
「はいっ!」
「てけり・り」
さて、どうするか。
ネメシスの機銃で一斉掃射でもいいが……この星のモンスターの実力を肌で感じてからだな。
体験と経験は大切だ。
情報こそが戦いを左右する。
俺はエネルギーシールドとブラスターを用意する。
「アトラナータ、ネメシスは一応エンジンは入れておけ」
『了解。まずは威力偵察と言うわけですね。ドローンにしっかりと記録させておきます』
「頼む」
俺はライフルを構える。
「リリルミナ姫、伯爵。騎士たちを連れて下がっていてください」
「え? でも……」
「あなたたちは俺の戦いを見ていてください。期待に応えてごらんに入れます」
「わかりました……」
リリルミナ姫は渋々と言った様子で下がった。
「さて……」
俺は進む。
偵察用ドローンは光学迷彩機能があるので、アンデッドの軍勢にかなり近づいている。
つまり、戦場の把握、イニシアチブはこちらにある。
「どうしますか、先輩」
「まずは各個撃破でいくか」
「はい、そうしましょう」
俺たちはうなずく。
「じゃあ行くぞ。お前は自身の安全を優先しろ。
先程のスケルトンを見る限り、お前でも対処は可能だろうが、無理はするな」
「はい、せんぱい」
俺たちは歩き出した。
そして、戦いが始まる。
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