第4話 釣りのプロと魔物殺しのプロ

 深夜、魔物の活性が高くなる”夜釣り”の時間帯だ。稀に強力な魔物なら、ダンジョンの外にまで姿を見せることもある。その時は時間帯に関係なく回れ右だ。


 釣り上げられた魔物を討伐することが役目のアミラは剣を一本手にしていた。ただしそれもただの剣ではない、魔剣の類らしい。

 魔剣は身体能力と魔力の両方の実力を備えていないと使いこなすのが難しく、それを愛用しているアミラはただの少女というわけではなさそうだ。

 町の裏から山に続く道があり、頂上付近にダンジョンがあるらしい。

 道すがらアミラに訊ねた。


 「ここのダンジョンは最近できたものなのか?」


 「よく気付きましたね。ダンジョンができたのはここ十数年の話です。他のダンジョンから逃げ出した魔物がこの町の裏の洞窟に住みついたのが始まりです」


 「何百年も前から近くにダンジョンの存在する街に行ったことあるけど、そこは大都市として発展していたよ。それに比べて、ここのギルドはこの町の規模に対して取って付けたような造りだったからな。昔は普通の仕事しか斡旋していなかっただろうから、ただの洞窟が急にダンジョンになって大騒ぎになっただろうな」


 「さすがです、若くしてロッドを握っていただけはありますね」


 感心したように言うアミラだが、全く褒められた気はしない。あんなの住処から強引に魔物を引きずり出して殺害する墓荒らし家業にしか思えなかった。


 「……ところで、やたらでかい釣り針を用意したみたいだが……狙いの魔物はなんだ」


 「ジャバヲォック」


 「帰る」


 ジャバヲォックといえば、小さなダンジョンならヌシとして君臨するほどの強力な魔物だ。六人パーティ用意して、ようやく安全だと言える釣りの対象だ。

 ゴブリンやスライムならまだしも、ジャバヲォックを二人で討伐するなんてリスクが高すぎる。


 「待ってください、勝算はあります」


 踵を返そうとする俺にアミラは反応を予想していたように淡々と言った。

 振り返る俺の眼前に朱色の液体の入った小瓶を突き出した。


 「特製のヲォーバルの毒液です」


 それを聞いて、すぐに後退る。

 ヲォーバルは内臓に毒を生成する性質があり、非常に強力でヲォーバルの死骸を口にした魔物や人間が大勢犠牲になっている。そして、何故彼女がヲォーバルの毒を切り札として用意していたのかというと、毒に耐性を持つジャバヲォックに唯一、一撃で仕留めることができる物がヲォーバルの毒だからだ。


 「わ、分かったよ。それを聞いて安心した。しかし、よりにもよってジャバヲォックを狙うなんてな」


 「無謀だと思います。しかし、ジャバヲォックは父の仇なんです」


 「なんだって?」


 「別の釣りで腕を負傷したにより、魔断士エクスキューターとして廃業寸前まで追い詰められていました。資金に余裕もなくパーティも集まらず、それでも親切な釣人アングラーの方が無償で協力を申し出てくれましたが、残念ながら……」


 「――いい、もうこれ以上喋らなくていい。君の声が辛そうだ」


 「ありがとうございます、優しいんですね」


 それから俺達は静かに歩き続けた。気の利いたことは言えないことは理解しつつ発言する。


 「でも、パーティに死人を出してしまう釣人アングラーは最低だ」


 ちらっとアミラの横顔を見たが、複雑そうな表情で目を細めていた。


 巨大な生物でも行き来できるぐらい高い天井の洞窟は紛れもなくダンジョン。巨大な入り口はダンジョンの定番であり、魔物の入り口であることを証明していた。

 あまりダンジョンに近付きすぎると、魔物に引きずりこまれる恐れもあるので、離れた大木の地面からはみ出した根っこに腰かけた。

 アミラから預かったロッドの先に魔力糸を放出する為のガイドと呼ばれる穴がある。

 ロッドを伸ばしてみる、長さは六メートル近くはある。ジャバヲォックの生息域まで攻めることが可能な長さだ。あまりに短いロッドだと仕掛けがダンジョンの奥に届かずに、目的の魔物を引っ掛けることすらできない。


 「餌は用意してきた?」


 「はい、鶏肉と豚肉と胡椒を持ってきました」


 一見すると料理でもしそうな食材だが、これもダンジョン釣りの仕掛けの一つだ。

 ダンジョン釣り用の肉類は、大きなブロックで販売されている。鶏肉なら締めて殺した丸々一匹だ。専門店ならまだ生きた鶏を魔法で停止させて販売しているところもある。用心深い魔物は屍に喰らいつかないからだ。


 何度目かの礼を言い、まだ毛も皮も付いたままの鶏に豪快に胡椒を振りかけた。


 「あの、生きた鶏じゃなくて良かったんですか。それに……どうして胡椒をかけているのですか」


 「ジャバヲォックはあまり目が良い魔物じゃない、だから下手に動き回る餌は逆に警戒されてしまう。餌に胡椒を振りかけた理由は、目が悪いからこそ臭いには敏感だからな。そして、この胡椒の香りが奴の好物てわけだ」


 こちらが笑ってしまうほど、アミラはキラキラとした目で俺の話を聞いていた。

 もう五年もまともに釣りはしていなかったが、いざ現場に到着するとやはり頭にこびりついた知識がぽろぽろと零れたことに内心驚いていた。


 「さて、いよいよ釣りを始めよう。用意した釣り針は三本、もし三本とも失えば、今日の釣りは終わりだ。いいな?」


 問いかけたアミラの横顔は興味津々な少女の顔から、戦士の顔に切り替わっていた。

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