第219話
「HAHAHA! 俺様もいるぜぇ!!」
「( ˘•ω•˘ )」
悪花を抱きかかえる忍愛の背後、祭壇が在った空間からシルクハットをかぶったピエロがぬるりと這いずり出てくる。
途端にクラップハンズが露骨に怪訝な態度を見せた相手の名はクラウン、おかきたちにとってはこの事件が始まってから雪崩に乗じて姿を消していた憎き敵だ。
「むぅ、あれは
「なんだテメェ、山田はともかくこれ以上のピエロはお呼びじゃねえんだよ」
「悪花様? いましれっとボクを
「オーウ……こいつぁ由々しき事態だ、ピエロが必要とされねえ時代なんて悲しすぎるぜ」
歪んだ空間から完全に這い出てきたクラウンはシルクハットから取り出した黄色いハンカチで目元を拭う。
一挙手一投足がいちいち大仰で胡散臭いが、不思議と目を引き付けてしまうのはピエロとしての才能か。
だからこそコロポックルたちのヘイトも悪花たちを無視してクラウンへと向けられ、どこからか射られた矢が、ハンカチごとクラウンの目を貫いた。
「……悪花様? ボクが来る前につゆ払いしてくれたんじゃないの?」
「アホ、俺がそこまで気の利く
「HAHAHA! オーディエンスは十分ってか? おいジェスター君、お前もこっちにこいよ!」
「無茶を言うな! こっちにもコロポックルたちが群がっているし落石が邪魔だ!!」
悪花への致命的な落石は忍愛がすべて蹴り飛ばしたが、祭壇周りに積もった岩石は入り口付近まで避難したおかきたちへの道のりを閉ざしていた。
おまけに雪が混ざった土砂の隙間からは崩落を生き延びたコロポックルが這い出し、恨みと怒りが籠った様子で襲い掛かって来る。
ゆえに脱出路が開かれたこの状況で、おかきたちは活路を見いだせず忍愛と悪花の元まで一歩も進めずにいた。
「敵は液化して姿を変える、今はコロポックルの形をしてるがウェンカムイやそのほかにも姿を変えられると思え!」
「何それめちゃくちゃめんどくさそう! 帰っていい!?」
「ダメに決まってんだろテメェの戦闘力頼ってんだぞ山田ァ!!」
「山田言うな! ボクはさっさとみんな回収して逃げるつもりだったんだぞ!!」
「HAHAHA! なら出番は俺たちが持って行っていいかい?」
岩の隙間から這い出てくる泥に怖気づく忍愛、その肩を叩いてクラウンが前へ出る。
いつの間にか両目はしっかり矢に射抜かれ、眉間には剪定ハサミが突き刺さっているが、道化の足取りに迷いはない。
ぽっかりと開いた天井の穴から降る雪はまるでスポットライトのようで、照らし出らされたクラウンは変わらぬ笑みを口元に浮かべたままシルクハットのつばを正した。
「Show Must Go On! お集まりいただきましたお客ども、今宵舞台に上がりますは私ことクラウンとゆかいな仲間たち!」
「ころぽ?」
「おい待て今しれっとボクを仲間に含めなかった? 訴訟も辞さないぞ」
クラウンが投げ捨てたシルクハットから何羽ものハトが飛び立ち、その派手なパフォーマンスにコロポックルたちの視線が誘引される。
そのまま忍愛の抗議すら無視し、高らかにならされたフィンガースナップがショーの幕を開ける合図だった。
「――――今宵のテーマは“神殺し”。 付き合うお相手は千変万化の泥人形ではありますが、どうか皆殺しにできましたならご喝采!」
「
そして傍らに立つ忍愛の抗議には聞く耳持たず、彼の口からはつらつらと口上がつづられる。
神殺しという不遜が癇に障ったのか、その単語を聞いた途端にコロポックルたちの雰囲気がざわりと変わった。
もはやおかきたちやウカたちの抵抗も眼中になく、すべての視線と殺意はたった一人のピエロへと奪われた。
「おいクラウン、援護はいるか!?」
「( `ー´)ノ」
「HAHAHA! 冗談がうめえな、こいつは俺のステージだ、邪魔すんなよなジェスター君よぉ!」
「殺ぽぉー!!」
「おっと怖い怖い、ちょっとそこの借りるぜ」
「うむ、我借りられる」
血気盛んな個体が1匹、草刈りカマを振りかぶってクラウンへと襲い掛かるが、その攻撃はタメィゴゥの殻によって阻まれ刃が折れる。
護衛として悪花の背中に張り付いていたはずだが、いつの間にか彼女の背中には半額シール付きの卵パックが括りつけられていた。
「て、テメェいつの間に! 返せ、そいつはおかきのペットだぞ!」
「HAHAHA! こいつは生きの良いタマゴだな! もしかして炎は出せるか?」
「うむ、強火がお望みか?」
「しっかりウェルダンで頼むぜハッハァー!!」
タメィゴゥも特に抵抗するでもなく、されるがままに尻尾を掴まれてモーニングスターの如く振り回される。
そのまま殻の隙間から火炎を吐き出せば、近づくコロポックルたちを焼き払う凶悪な兵器と化した。
なお遠くから聞こえるおかきの叫びはコロポックルたちの悲鳴に紛れて届いていない。
「HAHAHAHAHA! 重てえ!!!」
「あーれぇー」
「タメィゴゥー!!?」
しかしひとしきり振り回してコロポックルたちを薙ぎ払うと、突然蹂躙に飽きたクラウンは遠心力のままにタメィゴゥを放り投げた。
そして炎を吐きながら飛ぶタメィゴゥの威力はすさまじく、洞窟内に反響する快音を鳴らしながら、行く手を遮る土石の壁を粉砕して道を切り開きながらおかきたちの元まで転がっていった。
「た、タメィゴゥ! 無事ですかあなた!?」
「うむ、我は丈夫だぞご主人。 ケガはないか?」
「いやむしろそれはこっちのセリフやけど……あんのピエロただじゃ済まさへんぞ!」
「(´・ω・`)」
「ええい気に掛けるなクラップハンズ! 我々はもともと敵同士なんだ、それより道が開いた今がチャンスだぞ!」
「おっとショーダウンはまだだぜ、ジェスター君にクラちゃんよぉ。 見な」
クラウンは拓かれた脱出路までの道に逸るジェスターたちをけん制する。
どこから取り出したのかウェルダンに焼かれたステーキにかぶりつく彼の眼前には、タメィゴゥの炎で炭と化したコロポックルたちの山が……
「……違う。 ウカさん、飯酒盃先生、近づいてはダメです。 あれはまだ変形する気です」
「リロードは済んでるわ、撃つ?」
「下手に手ぇだすなよそこのイカした別嬪さん。 それともう少しステージから離れてな、すでに臭ぇ」
『――――シャアアアアアアアアア!!!!』
すでに炭と化したかと思われたコロポックルたちの残骸は、おかきの推測通り瞬く間にその姿を変える。
数で押すのは不利と見たか、岩の隙間に隠れた個体たちも集まって次に作り出したのは巨大な一個体。
とぐろを巻いた細長いシルエット、そして開いた口から覗く鋭利な毒牙と細長い舌。
ぬらりと光沢のある鱗肌をくねらせ、吹き抜けと化した天井から眼光鋭くクラウンを見下すのは、巨大な蛇の怪物だった。
「うぐっ! なにこいつ、くっさ……!」
「アイヌ……ヘビ……ホヤウカムイか! 息止めろ山田、こいつの悪臭は毒だ! 至近距離で嗅ぐと死ぬぞ!」
ホヤウカムイ、それはアイヌに伝承される蛇の姿をした神。
その全身からはひどい悪臭が放たれ、草木や人体を腐食させるとも言われている。
当然至近距離で浴びればただでは済まない劇物を間近で浴びてしまったクラウンは原型すら残らず
「うわあああああああああニンジンになっちゃうよおおおおおお!!!」
「「なんで!?」」 『ギシャァ!!?』
なぜか人間大のニンジンと化していた。
予測不能、回避不能、次のリアクションすら予測できないクラウンの奇行に思わずホヤウカムイも驚きの声を上げる。
「HAHAHAHAHA! いーい顔するようになったじゃねえか神様モドキ! それじゃここからがハイライトだ――――実に無様に滑稽に面白おかしく死んでくれよ?」
だが……こうなってしまっては、もはやそこにあるのは
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