第20話

「どうしてぇ!? どうしてボクだけこんな目に合うのさ!!」


「日ごろの行いってやつちゃうかな……?」


「やっぱり悲鳴を上げたのがまずかったんですかね」


「ちょっと、泣くなら涙はこの容器に貯めなさい」


「ブレへんなぁお嬢」


 集合場所をおかきと甘音の部屋に仕切り直し、泣きじゃくる忍愛をほかの3人が囲う形で座る。

 時刻はすでに深夜だというのに、部屋の外から聞こえてくる声はどことなく騒がしい。

 すでに時計塔の死体は発見され、噂話が広がっているようだ。


「忍愛さん、時計塔から離れる際に人に見つかった可能性は?」


「ないよ! 忍者としての誇りにかけて絶対に見つかってはいない!」


「まあもし見つかっていたら噂どころの騒ぎじゃないものね、すでにしょっ引かれているところよ」


「そういえば、この学園に駐在所のようなものはあるんですか?」


「一応ね、学生が志願して自警団のようなものを建てているわ。 本物の警察は外から呼ばない限り来ないから、あくまで自衛と現行犯確保しかできないけど」


「ではこのまま警察が到着した場合、忍愛さんが逮捕される可能性は?」


「低いと思うわよ、あくまで噂話程度でろくな証拠もない。 事件性はバリバリあるから話ぐらいは聞かれると思うけど」


「山田、アリバイ証明できるんか?」


「山田って呼ぶな! ……2分で寮に戻ってから談話室にいたから、寮と時計塔までの距離を考えると、悲鳴の時間が合わなくなると思う」


 おかきたちが確認している限り、忍愛が殺人の容疑者として疑われている原因は、死体を見つけた際に上げた絶叫だ。

 忍愛を知る不特定多数の人間があの悲鳴を聞き、山田 忍愛の声と似ていると考えたのだろう。

 そしてこの短い時間で噂が噂を呼び、尾ひれと背びれが付いた結果、時計塔の首なし死体の容疑者に忍愛の名が挙げられたのだ。


「まあ山田が殺ってないならドンと構えとき、今はお前の濡れ衣まで考える余裕がないねん」


「ひどぉい!!」


「でも確かにそうよね、こちとら追っていた爆弾魔が勝手に自殺しちゃったんだから」


「繰り返しになりますが、その死体も本物か怪しいところですからね。 そもそもの謎が多すぎる」


 なぜおかきあてに手紙が出されたのか、なぜ彼女はおかきを呼びつけたのか、なぜ彼女は自殺騒ぎを起こしたのか、なぜ彼女は魔女集会を裏切ったのか。

 おかきの頭には、目まぐるしい数の疑問がこびりついて離れないでいる。 


「……あかん、何から手つけりゃええのかさっぱりわからん」


「よし、わけわかんないこと考えるのはやめましょう! あとはSICKが何とかしてくれるわ、もう0時回ってるしそろそろ寝ないと明日が大変よ!」


 皆の顔色に泥のような疲労が見えてきた中、甘音が両手を叩いて音頭をとる。

 実際、今日一日の情報量はおかきたちのキャパシティを完全に超えている。 一度睡眠をとり、思考を整えた方が今後の効率も上がるはずだ。


「そうと決まったらさっさと就寝! ほら、ウカたちも自分の部屋に戻った戻った。 また明日!」


「あっ、こらお嬢! 勝手にそんなこと決めて……もー! おかき、何かあったらすぐ呼ぶんやで!」


「ねえボクの心配は!? 今回一番被害被ったのボクだよね、ねぇ!? 忍愛ちゃんカワイイって言って!!」


 強引にウカたちを部屋から追い出し、甘音が扉を閉める。

 ずるずると惰性で会議を躍らせず、半ば強引に休息期間を挟む辣腕。 これもまたひとつの才能なのだろうと、一部始終を見届けたおかきが思う。


「ふー、それじゃ私たちも寝ましょうか。 無断遅刻はAP持っていかれるわよー」


「あっ、私は念のために局長たちへ連絡してから寝ます。 甘音さんは先に寝てください」


「駄目よ、あんたもさっさと休みなさい。 寝不足はお肌の大敵よ? ただでさえ今日は忙しくてスキンケアもできてないでしょうに」


「スキンケア? いえ、私は手入れも何もしていないですが」


「はっ?」


 今まで一番低い声で目を見開いた甘音は、信じられないものを見るような顔つきのまま、おかきの頬を左右から挟んで揉みだす。

 

「にゃ、にゃんでしゅかあまねしゃん? うわばばばば」


「も、もち肌……これが天然もの……? 嘘でしょ、カフカってそこまで?」


「あ、あまねしゃん……?」


 満足するまでおかきの頬を揉みこむと、甘音は放心したまま踵を返し、ベッドへ倒れこむ。

 そのまま芋虫のような動きで頭まで布団をかぶると、枕もとの電灯を消して完全に就寝のスタイルだ。


「おやすみ!!! 明日から肌ケア教えるから、これで勝ったと思わないことね!!!」


「は、はあ……おやすみなさい」


 完全にふてくされてしまった甘音に、これ以上触れてもいいことはないだろうとおかきはそれ以上のコメントを控えた。

 なにも藪をつつく趣味はない。 甘音の眠りを妨げぬよう、ベランダに移動してから局長へと電話をかける。


『……麻里元だ。 学生が夜更かしとは感心しないぞ、おかき』


「こんばんは、局長。 すみません、少し話したいことがあって」


『時計塔の件だろう、飯酒盃から話は聞いているよ』


 コール音が二度鳴る前に、局長が電話を取る。

 さすがに今日の事件については情報が渡っているらしく、話は早かった。


『すでに不特定多数の生徒が死体を目撃してしまった、いまさら偽装情報を流布するのは難しいだろう。 明日の昼にはそちらに警察が到着する予定だ』


「ではSICKが介入するのは難しいでしょうか?」


『まさか! 警察組織に潜入しているエージェントを数名派遣する、山田が妙な疑いをかけられているようだが、あまり心配はするな』


「そうですか、それを聞いて少し安心しました」


 おかきにとって、忍愛に理不尽な疑いをかけられるのはちょっとした懸念事項だった。

 犯人がSICKの戦力を削ぐ目的で騒動を起こした可能性も考えていたが、局長の返答からして忍愛の立場はおそらく問題ない。


『だが報告を受けた時は私たちも混乱したぞ。 君を呼びつけた犯人が首なし死体で見つかるとはな』


「……局長がもし犯人の立場だとすれば、どういう目的で自分の首なし死体を作ります?」


『まず死体は偽物を用意する。 そのうえで自分の死を偽装し、追跡の手を躱すのが目的となるな』


「追跡の手、つまり悪花さんですか?」


『ああ、すでに彼女と会っていたか。 すまないな、そのうち説明しようと思っていたのだが』


 犯人、つまり”名匠”は魔女集会から活動資金を盗み出した裏切り者だ。

 リーダーである悪花が怒り、名匠の行方を追っているという話はおかきも聞いている。 

 理由としては納得できるものだが、それでも相手が「暁 悪花」ということを考えると、疑問が残る。


「しかし、彼女には“全知無能”がある」


『そうだな、あの能力の恐ろしさは私たちも知っている。 悪花に犯人を追う意思がある限り、時間は稼げても絶対に逃れることはできない』


 時間はかかるが、どのような事実でも調べ続ける限り、正解を知ることができる。

 裏を返せば、時間を掛ければどんな隠し事でも暴くことができるのが悪花が持つ全知無能の能力だ。

 死体を偽装した程度で悪花が追跡をあきらめるとは、おかきには到底考えられなかった。


「時間を掛ければ絶対に……だとすれば……時間稼ぎ?」


『たしかにな、情報量が増えれば全知無能が答えを導くまでの時間は増える。 だが、わざわざ君たちを巻き込む理由として弱い』


「そうですよね……では……ほかに可能性は……」


『おかき、君も転入初日でかなり疲れているはずだ。 今日はもう休め、明日のことはまた明日にしよう』


 通話しながら、ブツブツと推理の世界へ潜り始めるおかきに、麻里元が声をかける。

 このまま放っておけば、おかきは朝まで一人の世界に閉じこもってしまっただろう。


「あっ、ごめんなさい。 ついつい独り言になってしまって……」


『いや、探偵としての性分だろう? 気にすることはない、気になることがあるならまた付き合おう。 それじゃ、おやすみ』


「はい、おやすみなさい。 ありがとうございました」


 短い通話だったが、それでも局長との通話はおかきにとっていいガス抜きになった。

 途端に忘れていた疲労がドっと押し寄せる。 おかきはなんとか倒れてしまう前に、自分の体をふかふかのベッドへ潜り込ませた。


「……あつ、目覚まし……起きられるかな……」


 明日からまた学生生活が始まる。 寝坊すれば甘音が忠告した通り、罰則が発生してしまう。

 それでも携帯のアラームを設定するより先に、おかきの意識は夢の中へと沈んでいった。

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