第13話

「さて、今日から初登校になるわけだが、今の気持ちはどうだ?」


「不安8割不安2割ってところですかね……」


「なーに、ウカっちたちもいるんだ。 困ったら頼ってくれればいいさ」


 ファミレス爆破、および食堂半壊事件から3日後、おかきは局長たちとともに赤室学園へと向かっていた。

 車窓の外から見える空は雲一つない晴天、線路の微妙な凹凸でガタゴトと心地よく揺れる車内は、気を抜くと眠ってしまいそうだ。

 おかきたちは今、私立赤室学園の電車に乗っている。


「パンフレットにも載ってましたけど、線路をそのまま引き込むとは豪快ですね」


「山奥の僻地に建てられた学園だからな、物資搬入経路として必要だったんだ」


「事前資料もちゃんと読み込んでいるようで何よりだ、今のうちに何か質問はあるかい?」


「ありません、大丈夫です」


 念のための確認という言葉通り、おかきにとって局長の話はこの3日間で何度も聞いたものだ。

 すでに打ち合わせも綿密に済ませてある、なんなら一字一句違わず暗唱できるほどに頭へ詰め込んだ内容だ。


「なに、そこまで気を張らなくていい。 学生生活をやり直すつもりで楽しんでこい、カフカにはそれが必要だ」


「ちなみにこの学園、屋上でお弁当食べられるんだよ。 最高だろぉ?」


「ああ、それは憧れますね」


 おかき……早乙女 雄太にとって、高校生活の記憶は一年もない。

 父の失踪から慌ただしく、思い出と呼べるものはあの部活の中で仲間たちと遊んだ卓くらいのものだ。

 だからこそ、雄太は「藍上おかき」となったのかもしれない。 学生時代の思い出であり、あの日に戻りたいという無意識の渇望なのだから。


「……この病は、自分になにをさせようとしているんでしょうかね」


「さてな。 ……そろそろ見えてくるぞ、あれが私立赤室学園だ」


「うぉー、相変わらずでっけー」


 宮古野が感嘆の声を上げる視線の先、そこには鉄柵で覆われた雄大な敷地に、おかきの知る高校をすっぽり覆うサイズの校舎が何棟も建ち並んでいた。


「で、でっか……」


「たしか敷地面積がおよそ580haだったか、日本も探せば土地があるものだな」


「山を拓いて捻出した土地だよ、SICK《うち》もかなり出資したよねぇ」


 私立赤室学園、限界集落を買い取って周囲の土地ごと開拓して作られた園は、もはや街と呼べる規模の大きさだ。

 コンビニや農業区まで併設され、ある程度の自給自足すら可能。 中には学生が運営・就業する施設すら存在する。

 教育のレベルも国内トップクラスとされ、この学園を将来が約束されていると言っても過言ではない。


「局長、おかきちゃんが実物のインパクトにフリーズしてるよー」


「気圧されるな、気楽に行ってこい気楽に」


「も、もっと普通の学校じゃだめだったんですか……?」


「前にも話したと思うが、この学園は訳ありの生徒を匿うため、SICKが運営を支援している特殊な学園なんだ。 カフカである君にはここに通うしかない」


「それにおいらたちはね、普通の学校だと“浮く”よ」


「それは……そうなんですが……」


「どのみち後戻りはできないんだ、腹を括れ。 っと、そろそろ着くぞ」


 おかきが痛む胃を抑えている間に、電車は緩やかなブレーキ音を鳴らし、停車する。

 窓の外にはすでに森の木々たちは失せ、地下駅のライトが車体を照らしている。

 そしてがらんとした駅構内には、黒服を着た屈強な男性と、おかきと同じ制服を着た鉛色の髪を長く伸ばした少女が仁王立ちしているのが見えた。


「あー……やる気満々だね、お嬢」


「もしかしてあの子が例の?」


「ああ、君の到着が待ちきれなかったのだろう。 私も少し挨拶していくか」


 局長が会釈代わりに窓をノックし、宮古野とともに荷物を持って電車を降りる。

 おかきも自分の荷物が入ったスーツケースを引っ張り、2人と一緒に車外へ出ると、すぐさま例の少女が駆け寄ってきた。


「来たわね、藍上おかき! 噂に違わぬ美人ね、化粧水は何使ってる? サプリは? 肌年齢いくつ?」


「えっ? えっと……」


「甘音、さっそく新人を困らせるな。 君の情熱は初対面には圧が強い」


「おはよう麻理元、今日もカッコいいわね!」


「そりゃどうも。 おかき、この元気が有り余っているのが天笠祓あまがさはら 甘音あまね、パラソル製薬会社社長の一人娘だ」


「おはようおかき、元気が有り余っている甘音よ! さっそくで悪いけど唾液くれない?」


「局長、帰らないでください。 助けてくださいキューさん」


 仕事は終わったとばかりに電車へ戻ろうとする2人を、おかきが必死に引き留める。

 その間にも、甘音はキラキラした目を向けておかきに小さなガラス瓶を差し出している。


「あー、お嬢は独自にカフカの研究をしているんだよ。 そのためにおいらたちのサンプルを欲しがってる」


「そうよ! 全身の肉体が変異する病なんて、裏を返せば若返るようなものじゃない! いわば不老不死の病、それがカフカ症候群よ!」


「発想のスケールがすごいですね」


 だが、甘音の話もわからないものではない。 雄太からおかきへのは変身でさえ、6歳分の若返りだ。

 もしカフカの変身をコントロールできるなら、寿命を自在に伸ばせることと相違はないだろう。


「甘音、誰が聞いているかもわからないんだからボリュームは落としてくれ」


「おっと、ごめんなさい。 えー、おほんっ……もちろん、その時にはカフカの治療も可能になるわ。 だから大船に乗ったつもりで私に唾液をよこしなさい、おかき!」


「嫌です……」


「なんでよー!?」


「はいはい、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ。 おかきちゃんのことよろしくー」


「昼に連絡する、その時に一度状況を教えてくれ」


「あっ、はい! いってきます!」


 宮古野に背を押され、おかきは手を振る局長たちと別れ、地上への階段を上る。

 時間は朝7時前、校舎に向かう学生がいてもおかしくはないのだが、おかきたち以外に人の姿はない。


「天笠祓さん、他の学生の姿を見かけませんが?」


「ああ、この駅は物資搬入か外来のお客さんくらいしか使わないわよ。 学生が使う路面電車とはつながってないから」


「路面電車まであるんだ……」


「そりゃこのだだっ広い敷地を歩いて移動してらんないわよ、学園アプリは入れてる?」


「ああ、それなら事前にダウンロードしておきました」


 学園アプリとは、この赤室学園での生活を円滑に進めるために開発されたサポートアプリの通称だ。

 園内マップ、受講内容の確認やスケジュール管理、電子学生手帳も兼任するが、もっとも重要なのはアカムポイント、通称APの管理だろう。


「知ってると思うけど、この学園内ではこのAPであらゆる決済が行われるわ。 現金は自販機や一部コンビニぐらいでしか使えないから注意して」


「存じております、そしてこのAPがマイナスになると……」


「しばらく停学処分か、最悪だと退ね。 まあまじめに授業受けていたら勝手に増えていくから問題ないわ、普通の学校でも出席日数足りなかったら留年するでしょ?」


 おかきが自分の端末を確認すると、「11000AP」と表示されていた。

 付与履歴を除くと、初期数値の10000から毎日一回のアプリ起動ボーナスとして1000APが追加されている。

 ほかにも授業に出席や生活態度次第で付与される機会は数多い、この調子で増えていくならば、滅多にマイナスになることはないだろう。


「しかしなぜこんな面倒な制度を?」


「表向きは生活態度の矯正、および学生のうちから金銭感覚を身に着けるためらしいわよ。 うちの生徒って金持ちも多いから、そこらへん制限掛けないと皆好き勝手やっちゃうし」


「なるほど……“表向きは”?」


「うちの理事長は変人なの、本音はこの方が面白いってだけの話。 まあ風紀の是正にも役立ってるし文句はないけど」


「面白感覚で退学にされたらたまったものじゃないですけど……退学者はどのくらい出るんですか?」


「毎年2~3割は脱落していくわ、ひどい年だと5割が自主的、または強制退学になったとか」


「5割……」


 自分なら大丈夫、と慢心するには不安な数字だ。

 もし退学になった場合、カフカの扱いはどうなるのかわからない。

 おかきは背筋にゾっとしたものを感じ、改めて制服の襟を正す。


「そんな怖がらなくても大丈夫、このガハラ様が付いているんだからね! ロキソプロフェンに乗ったつもりで安心なさい」


「不安だ……」


「何よー、第3類よ? ……と、言ってる間に地上ね、長い階段だったわー」


 階段を登り切ると、甘音は太陽の光を浴びながら大きく伸びをする。

 陽の光こそ暖かいが、おかきの肌を撫でる風は秋の冷気を含んでいる。


 そして、初めておかきが踏み締めた学園の中は、「園」と呼ぶより「街」と表現した方が正しいと思える景色だった。


「改めて、ようこそおかき。 ここがあなたがこれから過ごす私立赤室学園よ」


------------------------------------------------------------------------------------------------

【天笠祓 甘音】156cm/50kg/特技:採血

SICKのスポンサー、パラソル製薬の一人娘であり、おかきの学園生活を助けるアドバイザー。

同時にカフカ症候群を独自に研究しており、おかきたちの体液や髪の毛を常に欲している。

カフカの血液を注射器一本100万円で買おうとしたときには、社長である祖父にわりと重い説教を食らった経験もある。


そんな彼女だが、医療研究者としては非常に優秀。

小学生時代にペットのモルモットが老衰で亡くなったことをきっかけに、「命は1つしかないからめちゃくちゃ大事にしなければ」という使命感を抱く。

それ以降、不老不死の妙薬を作ることを人生の目標に決定。 来る日も来る日も研究に没頭し始めた。

その結果、不老不死の過程として7つの新薬と3つの特許を取得。 

甘音の手によって、男性脱毛症に悩む人間は激減した。

しかしいまだ不老不死には手が届かず、そんなときに祖父とSICKの密会を盗み聞き、カフカ症候群について知る。

血液型やDNAすら一新し、テロメアの短縮すら克服するカフカの存在は、甘音の描く不老不死そのものだった。

行き詰っていた研究に大きなブレイクスルーを期待した彼女は、特許で稼いだ多額の私財をSICKへ投資。

結果、学園内部からおかきたちカフカをサポートする立場を手に入れた。


学園内での彼女は快活な性格で皆から好かれるクラス委員長。

薬のこととなると多少人が変わるが、変人だらけのこの学園ではご愛敬。

年頃の女の子らしく、美容やメイクにも興味があり、何のケアもしていないのにタマゴ肌なおかきに若干嫉妬を覚える面もある。

最近では、むしろおかきの成分を抽出して化粧液が作れないか画策中。


ちなみに彼女の鉛色の髪の毛は、試薬を自身の体に投与した副作用で変色したもの。

その際に両親からわりとキツめの説教を受けた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る