前編
朝
奇跡は成された――。
[B:ANDROID-YEN-02R PLAY MEMORY...]
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
朝食の支度を終えると同時に、キッチンに備え付けられたアラームが時刻を告げた。
空中のディスプレイに表示された時刻は、午前七時。
いつもなら支度を終えてアラームが鳴るまで三秒の余裕がある。
つまり今日は三秒オーバー。初めてのことだ。
原因の分析に入りたいところだが、演算に入ってしまうと後の予定がずれ込んでしまう。
今日のところは許容範囲内として処理し、主人を起こすべくキッチンルームを後にした。
ダイニングキッチンから寝室までは、私の歩幅で八秒。
遅れを取り戻すべく少しばかり足を速める。
その結果、五秒で寝室前に到着。これで従来どおりだ。
寝室のドアに向き直る。認証に要する時間は一秒。
きっちり一秒で、ピッ、と小さな電子音と共にドアが横にスライドした。
室内に入ると薄暗い室内が徐々に明るくなる。朝にだけに作動する疑似太陽光灯――地下シェルターの暮らしで太陽光をほとんど浴びることがない生活を送る、主人のためのものだ。
足音を立てないよう気を使いながら、部屋の中央右端に配置されているベッドに近づく。
ベッド上には、就寝時と変わらない直立の姿勢で主人が眠っている。
手を胸の下で組み、静かに眠る様はまるで、棺桶に入れられた遺体のようだ――。
……そのようなことを思いながら、片膝をついて声を掛けた。
「おはようございます。リン」
私の声に反応して主人――リンはゆっくりと瞼を開ける。
まだ、まどろみの中にいるような焦点の定まらない目で私を確認すると、左手を伸ばしてきた。私は顔を近づけ、それを迎え入れる。
左頬に温かい手の平の感触。
リンは優しい手つきで頬を撫でると、青い瞳を細めて微笑んだ。
「おはよう。ケイ」
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