謝万   善自炫曜

謝万しゃまん、字は万石まんせき。抜群の才器を誇り、その器量は謝安しゃあんにこそ及ばなかったが、アピール能力には長けていたため、早くから名声があった。言論を巧みとし、文章をうまく操った。


あるとき『八賢論はちけんろん』をものした。これは終わりをよくした隠者とうまく世を生き抜けなかった偉人との組み合わせを四セット分収めたものである。

1。戦国時代せんごくじだい後期にの朝廷でのふるまいに行き詰まり泉に身を投げた屈原くつげんと、そのふるまいをせせこましいものであると指摘した隠者の漁父ぎょほ

2。前漢ぜんかんでやがて訪れるであろう呉楚七国ごそしちこくの乱の気配を憂い自殺した賈誼かぎと、賈誼の立身志向をあやういものであると切って落とした占い師の司馬季主しばきしゅ

3。かんを簒奪した王莽おうもうの無道に怒りや嘆きを抱えた末死亡した龔勝きょうしょうと、その死を前に「わずか八十前で若死にしてしまうとは、結局そなたに高操を抱かせることはできなかったか」と嘆いた身元不明の楚の老人。

4。曹魏そうぎに成り代わらんと権勢を伸ばしてきた司馬氏しばしの台頭を憎んだ末処刑された嵇康けいこうと、その振る舞いをあやぶみ早死にすると予見した隠者の孫登そんとう


八賢論の趣旨と言えば「立身出世から距離を置いたもの」が優れており、「立身の途において終わりを全うしなかったもの」が劣っている、としたものである。この論を孫綽そんしゃくに示すと、孫綽はその返信にて優れた見識を示しているものはどういった立場から現れても最終的に達する境地は等しい、と語った。


やがて謝万は朝廷より北伐の任を受けた。そうした役割を得た謝万はみごとに驕り高ぶっており、俺はすごい、俺はすごいとばかり歌い、まるで配下を慰撫しなかった。しかし敵軍の勢いは盛ん。その勢いに負け撤退を図れば、たちまち軍が崩壊し、謝万は単身で逃げなければならなくなった。ほうほうの体で帰還した謝万は惨敗の責を問われ庶人に落とされた。後に散騎常侍に復帰するべく諮られたが、この頃に死亡。42 歳だった。このため諮られた官位はそのまま追贈となった。



子は謝韶しゃしょう。字は穆度ぼくど。幼いころより名声を博した。同世代の謝氏で秀抜な者として四人の名が挙っていた。いわくふうかつばつ。それぞれ幼名であり、封は謝韶を、胡は謝朗しゃろうを、羯は謝玄しゃげんを現している。末は謝川しゃせんとされるが、これでは謝淵しゃえんの避諱であろうと思われる。謝韶、謝朗、謝淵は早くに死亡し、謝玄のみが功名を挙げて終わった。

謝韶の最終官位は車騎司馬しゃきしばであった。その子が謝恩しゃおん、字は景伯けいはく。度量が広く謀算に長けた。官位は黃門郎こうもんろう武昌太守ぶしょうたいしゅにのぼった。二人の子がいた。謝曜しゃよう謝密しゃみつである。いずれも高位にのぼった。




萬字萬石,才器雋秀,雖器量不及安,而善自炫曜,故早有時譽。工言論,善屬文,敘漁父、屈原、季主、賈誼、楚老、龔勝、孫登、嵇康四隱四顯為『八賢論』,其旨以處者為優,出者為劣,以示孫綽。綽與往反,以體公識遠者則出處同歸。萬既受任北征,矜豪傲物,嘗以嘯詠自高,未嘗撫眾。萬以為賊盛致退,便引軍還,眾遂潰散,狼狽單歸,廢為庶人。後復以為散騎常侍,會卒,時年四十二,因以為贈。

子韶,字穆度,少有名。時謝氏憂彥秀者,稱封、胡、羯、末。封謂韶,胡謂主朗,羯謂玄,末謂川,皆其小字也。韶、朗、川並早卒,惟玄以功名終,韶至車騎司馬。韶子恩,字景伯,宏達有遠略,韶為黃門郎、武昌太守。恩三子、曜、弘微,皆曆顯位。


(晋書79-20)




やだ……謝万さんのこれ思わず控えるしかないじゃないですか! 八賢伝がまじで面白い。「そのあとに高位にのぼって驕り高ぶって大ゴケして失意の元に死んだ」ことまでセットで。この伝の流れからすれば「いや謝万お前自分で挙げた屈原・賈誼・龔勝・嵇康の側じゃん」となるやつですね。いや彼らを引き合いにするのも……まあいいや。


そして「恩三子曜弘微」の六文字には晋書記述者の混乱が見て取れます。オメーちゃんと宋書そうしょ読み返してから書けやって印象もないではないんですが(謝密は謝氏で他に密の名を冠している人物がいたために字の弘微こうびで呼ばれるようになった)、問題はこの辺に斠注こうちゅうがノータッチなことなんですよね。いやあんた、こういう所にこそフォローが必要じゃないですかね? 斠注って時々自分の感覚からすると信じられないところがスルーされててこわい。

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