道子元顕3  其違五矣

どんどん荒れゆく政治を見て、許榮きょえいが上奏する。


「いまこの建康けんこう都城にいる官吏や護衛武官、あるいは奴隷たちのうち父の姓が分からぬため母の姓を名乗っているものなど、この城にて勤務する栄誉に浴している者たちは鄉邑や品第も持ち合わせぬにかかわらず、みな陛下のご用命にて奉職に与っております。のみならず、郡守や縣令といった肩書を持った者たちは現地に赴かず、この城内をうろつき、実務についてはみな現地の小吏たちに押し付けている有様。

このような事態について、五つの憂慮点がございます。


ひとつ。僧尼や乳母などは競うように親族を推挙し、そのために賄賂が飛び交い、結果まいないを献上したものほど高官についております。彼らに衛青えいせい霍光かくこうの才は望めましょうか? 各々好き勝手に古人と自らを引き比べておるようですが。

ふたつ。小耳に挟むブッダとは老荘ろうそうの教えにも親しき清玄さを帯び、五誡と呼ばれる教えには 絕酒不淫が含まれておる、とのこと。ではいま宮廷にはびこる仏徒たちに、酒や姦淫を断っている兆しが見えましょうか?

みっつ。人を殺すのには必ずしも刃を用いる必要もない、と言われております。もし平等でない政がなされるのであれば、暴虐をなすものも罪に問われなくなってしまいます。これでは天命が失われませぬでしょうか。

よっつ。盗人は自ら人の財貨を狙おうとするものではない、と言われます。故に春秋しゅんじゅうの時代、江乙こうおつの母が布を失ったとき、その政が行き届かぬゆえである、と長官が罪に問われたではありませんか。ならばいまの禁令がはっきりとしておらず、強盗が蔓延しておることについて、いかがお考えですか?

そして、いつつ。主は下々を教化するのに、信頼を基礎に置くとされます。陛下は昔に規範をことごとく詳らかとせよ、とお達しになりました。しかし今、多くの提議が陛下のもとに集まっているにも関わらず、採用される気配がございません。こちらをいかがお考えなのですか?


尼や僧が群れをなし、僧衣を根拠に傍若無人。一方で仏法をないがしろとし、それに従おうとすることもできておりませぬ。ならば奴らのうち誰が仏法の精妙なる境地を探求できると言えましょうか! あのような者共は流惑の徒と呼ぶべきでありましょう、競って陛下よりの宗崇を賜らんとしながら、他方で百姓の食い扶持を搾取するのです。財を奪い取った結果御仏の慈悲がもたらされるなどと言った題目のどこが佈施の精神と等しいでしょうか!」


また、こうも言う。

「太子におかれては東宮とうぐうにお出ましいただき、德業を修めるよう推奨なさるのがよろしいでしょう」。


どちらも孝武帝こうぶていのもとに届けられはしたが、顧みられることはなかった。


中書郎の范甯はんねいもまた、まつりごとにおける得失を孝武帝に語る。この段階にいたり、ようやく孝武帝は司馬道子しばどうしのやり口に不満を覚えるようになった。とは言え表向きは、引き続き司馬道子を尊重するよう振る舞った。


王國寶おうこくほうは范寧の甥だったが、司馬道子に媚びへつらっていた。このため范寧は甥を罷免するよう孝武帝に訴え出る。王國寶はおじの振る舞いを恐れ、袁悅之えんえつしに孝武帝の説得を試みさせる。袁悅之がその読経の腕前から太子の母たる淑媛しゅくえんちん氏に寵愛されており、またその陳淑媛が孝武帝に寵愛されていることに着目し、手紙をもたらし、陳淑媛づてで王國寶が忠勤の徒であることを伝えてほしい、と依頼したのである。しかし孝武帝はこの企みを知って激怒。袁悅之を処刑した。王國寶はいよいよ恐れを募らせ、ついには范寧を陥れるべく訴える。それを知った范寧、豫章に退きたいと孝武帝に訴える。引き止めきれないと悟った孝武帝、涙しつつ、范寧の豫章赴任を承認した。


この後、司馬道子の専制がいよいよ甚だしくなってゆく。




于時朝政既紊,左衛領營將軍會稽許榮上疏曰:「今台府局吏、直衛武官及僕隸婢兒取母之姓者,本臧獲之徒,無鄉邑品第,皆得命議,用為郡守縣令,並帶職在內,委事於小吏手中;僧尼乳母,競進親黨,又受貨賂,輒臨官領眾。無衛霍之才,而比方古人,為患一也。臣聞佛者清遠玄虛之神,以五誡為教,絕酒不淫。而今之奉者,穢慢阿尼,酒色是耽,其違二矣。夫致人於死,未必手刃害之。若政教不均,暴濫無罪,必夭天命,其違三矣。盜者未必躬竊人財,江乙母失布,罪由令尹。今禁令不明,劫盜公行,其違四矣。在上化下,必信為本。昔年下書,敕使盡規,而眾議兼集,無所採用,其違五矣。尼僧成群,依傍法服。誡粗法,尚不能遵,況精妙乎!而流惑之徒,競加敬事,又侵漁百姓,取財為惠,亦未合佈施之道也。」又陳「太子宜出臨東宮,克獎德業」。疏奏,並不省。中書郎范甯亦深陳得失,帝由是漸不平于道子,然外每優崇之。國寶即寧之甥,以諂事道子,寧奏請黜之。國寶懼,使陳郡袁悅之因尼妙音致書與太子母陳淑媛,說國寶忠謹,宜見親信。帝因發怒,斬悅之。國寶甚懼,復潛甯於帝。帝不獲已,流涕出甯為豫章太守。道子由是專恣。


(晋書64-6)




范寧は范曄はんようの祖父。つまり、劉裕りゅうゆうの仏教フレンズである范泰はんたいの父です。ともなると王国宝、劉裕にとってもマブダチのパパを追いやった仇みたいな存在なんですね。まあそこ確定させるにはどのタイミングで劉裕と范泰がマブダチになったかを見出さなければなりませんが。

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