第34話【ラファエル視点】雨が降らない国

 あれから一ヶ月間も雨が降らない日が続いてしまった。

 通算でどれだけ長い期間降っていないことか……。


 毎日魔導士を雇うことで金銭的問題が浮上してしまっている。

 父の遺産と言ってもほとんどが国の財政に税として納めなくてはいけなかったことを、私は計算に入れていなかった。

 故に、魔導士への報酬支払いで私の所持金はほぼ底をついてしまったのだ。


「ラファエル様ー、屋敷の使用人を全員撤退させるって本気ですか?」

「あぁ、仕方のないことだ。そうでもしなければ生活ができない状況になってしまっている」

「王妃なのに貧乏生活をするなんて信じられませんわ!」


 マーヤが苛立ちをあらわにしている。

 元はと言えばマーヤが魔法を使えなくなったことが原因だ。

 だが、ここで文句を言ってしまうと私に対する評価が暴落してしまう。

 マーヤの魔法が使えないことを公表して別の女を迎え入れるのが国としては一番の最善策だ。

 それでもマーヤ程の女を、私は手放したくなかった。

 これだけ整った美貌と身体はそういるもんじゃない。


「少しだけ我慢して欲しい。いずれマーヤが満足のいく生活を実現して見せよう」

「本当ですか?」

「当然だ。今の私は皇王だぞ」


 とは言ったものの、水不足が解決しないことにはどうしようもできない。

 私は頭を抱えながら皇王室へと向かった。


 ♢


「皇王陛下、お尋ねしたいことがございます」

「む、宰相か。どうしたのだ?」

「最近民衆の魔導士が頻繁に出入りしているようですが」

「げ……!」

「王宮直属の魔導士に頼めばよろしいかと思いますが……」


 思ったよりも早くバレてしまった。

 だが、私の評価が上がるような嘘をしっかりと考えていた。


「構わないのだよ。私のポケットマネーで民衆に労働を与え、懐が潤ってくれればと思って」


 もちろん、雇った魔導士たちには任務内容を極秘にするよう命じている。

 たとえ宰相はおろか、貴族にすら何を依頼しているかは知られないはずだ。


「皇王陛下……、そこまで民衆のことを……」

「当然だ。亡き父上に笑われぬような国の王になるのだから」

「それを聞けてホッとしました。皇王陛下に是非とも頼みたいことがありましたが、お願いしていいものかずっと迷っていましたので」

「そうかそうか、遠慮することなどない」


 よしよし、これで私の次に偉い宰相からの評価も獲得だ。

 あとはリリアのときみたいに、私の仕事を任せられる駒を用意できれば完璧である。


「実は、民が妙な噂が流れておりまして」

「噂?」

「以前国外追放したリリアは本物の聖女だったのではないかと」

「はぁ!? 何を今更……」


「リリアの情報は主に王宮関連者が流しておりました。従って、我々がリリアのことを聖女ではないと宣言したがために、民衆はそのように判断しています」

「そうだな。リリアのような偽物聖女に国から年俸を払っていたなどとんでもないことだ。民からも恨まれ、その上で砂漠の国で一人孤独にさせるのが罰として最適だろう?」


「しかし、私もリリアが聖女だったのではないかと今更ながら疑っております。貴族界の一部からもそのような声が……」

「なんだと!?」


 ただの偶然に決まっている。


「それに、カサラス王国から水や食糧の輸出も相手側から断られました」

「そりゃリリアを引き取るために国の三分の一もの財宝を我が国に渡したのだ。おまけにカサラスへ販売していた物資の相場も、弱みにつけ込んでボッタクリに近い額で売っていただろう」


「それでも買うしか生きる術がなかったのです。それがリリアを渡した後、急に取引が無くなったということは、カサラス王国で何かが変わったとしか……」


 宰相があまりにも真剣な表情で言うものだから、もしかしてそうなのかもしれないと一瞬思ってしまった。

 仮にもそうだとしたら、民どころか貴族界からも大反感を喰らってしまう。

 そもそも、自信満々に聖女ではないと訴えたのは私が発端なのだ。


 最初は婚約者として迎え入れ、良い女だと思った。

 婚約者なのだから、それなりに色々とさせてくれても良いではないか。


 だが、リリアは断固として手さえも握ってくれなかった。

 リリアのそばにいる不気味なペットは可愛がってるくせにだ。


 私のムラムラが溜まっていく状況の中、マーヤと出会ったのだ。

 彼女の魔法を見て惚れ惚れしてしまった。

 普段何をしているわけでもないリリアはこの時から聖女ではないと疑うようになったのだ。


 一方、マーヤは私のために尽くしてくれる。

 ついにリリアが聖女ではないことを確信した。

 皆も何もしない女だと思っていただろう。

 それが今になって本当の聖女だったのではと考えるのはおかしな話だ。


「宰相よ、肝心な部分を忘れてはいないか?」


 私は断固としてリリアは聖女のフリをしていた女だと思っている。

 カサラス王国で変化があるとしたら他にも心当たりがあるからだ。


「確か、カサラスは我が国だけでなく、デインゲルとも貿易を行なっていただろう?」

「はい。デインゲルは損得勘定ではなく、支援に近い行為だったかと思いますが……」


「きっと、デインゲルが貿易の量を増やし、我が国から輸入する必要がなくなったのだろう……。迷惑な話だ」

「だとすると少々厄介ですね。今まで財源はカサラス王国への輸出が大半を占めていましたので……」


 デインゲルは善意のつもりかもしれないが、我が国としては大迷惑である。

 ここは異議申し立てをしなければな。


「私自らデインゲルへ出向き、抗議してこよう」

「皇王陛下自らですか!?」

「あぁ。それに、私に縁談をしようとしていた者の面も一度見ておきたかったからな。更に、念のためにある程度の水と食料を輸入できるよう交渉しておく」

「承知致しました。どうか、エウレス皇国の明日を築けますよう……」


 宰相も大袈裟なやつだ。

 念のため仕入れるというのも、全ては私の評価を上げるためにすぎない。

 私が出ている間にも、雨くらい降るだろう……。


 それよりも、マーヤと結婚し、毎日夜を共に過ごすようになっていたため、飽きてしまった。

 もしも父上が用意しようとした女がいい感じなら、そいつも連れて帰ることにしよう。

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