散歩3
ペンションの裏手は、一階をすっぽり覆う高さの擁壁がはだかっており、半日陰となっていて涼しい。割れた箇所から姫女苑の咲く舗装を、レイとは双子であるセトが掃き掃除をしている。リースとは異なり、土地の人間らしい自然な色合いのノーカラーシャツを着ている。このペンションのオーナーである彼は、妹には気付かず建物の角を曲がって見えなくなる。
シウが反対側を向いたときには、リースは既に西側の階段近くまで歩いていた。道路に出て坂を下れば、間もなく白浜のビーチへ辿り着く。海辺には観光スポットだけでなく、地元民が利用する商店街もあるため、リースはそこへ行く気なのだろう。だが、階段をリースが使おうとしたさい子供が腰掛けていたので、彼女は軽く手で追い払う素振りをした。
「ちょっと、ご両親は?」
「ビーチだよ」
「一緒に行かなかったの?」
「それぞれ別の家族と過ごすってさ。今日は特別だから」
「まあ」
男児は立ち上がると、五段目の高さから軽々飛び降り、リースに抱きついた。彼女は子供があまり得意ではないと見え、眉を顰めて体を引き離そうとする。
「遊んで」
「駄目よ、買い出しに行くんだから」
「じゃあ、連れてって」
「無理だってば」
男児は諦めてリースの細い腰から手を引き、次に後ろへ佇むシウへ抱きつく。彼は鳩尾に顔を埋めたまま、それきり動かない。次第に肩が小刻みに震え、嗚咽が漏れて聞こえてきた。リースはうんざりした様子で溜息をつき、シウの手から買い物かごを奪う。
「夕飯の準備くらい手伝ってよね」
シウが言い返す前に、リースは自慢のブロンズヘアを揺らして階段を上ってゆく。足音が遠ざかる方角から海鳥の鳴き声が束になって届き、再び静けさが訪れたあたりでシウは男児の肩を叩いた。
「嘘泣きはよせよ」
「……どうして判ったの?」
「服が全然濡れてない」
大きく見開かれた瞳は、海の中に光が差し込んだ時の色に似ている。男児は全く悪びれる様子もなく微笑み、背中に手を滑らせて、腕を首へ回そうとする。そのため、シウは前屈みになった姿勢で男児を見つめた。
「キスしていい?」
「何で」
「さっき、彼処で兄さん同士がやってたから」
「女の子とキスしなよ」
「母さんたちは、いつもしてるよ」
「じゃあ、両親が帰ってきたら存分にやってもらいな」
「それまで散歩に行こう」
屈託のない笑顔に連れられ、シウは男児の後ろを歩く。階段を上りきり、ビーチへ延びる方向とは逆に折れると、勾配を幾分も進まないところで男児が振り返った。
「メイヤって呼んで」
午後は長く、白いアスファルトに映る影はまだ短い。住人を乗せた三階建てのバスが車体を揺らして通りすぎてゆく。サイドミラーがぎらつき、シウの目を一時的に眩ませた。何度か瞬きをするうちに、視界は落ち着いてくる。
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