散歩
散歩1
椅子にもたれて微睡んでいたシウは、部屋のドアが乱暴に開閉する音で瞼を開けた。ゆっくりと瞬きをする間に、丸テーブルを挟んだ向かいの椅子が引かれる。そこに、機嫌が良いのか悪いのか判然としない様子の父親が腰を下ろし、シウの意識は急速に明瞭になった。
怠惰な午後の日差しが、レースカーテン越しに右頬を照りつけている。ぼやけた視界で腕時計を確認すると、十四時を回ったところだった。向かい合う父のジンは、外出から戻った疲れを煙草で癒している。先程ビーチにいた男と食事でもしてきたのか、口髭にピンク色のソースが付着したままだ。
ジンは深く煙を吐き出した後でシウを見据えた。彼はいつも、息子が悪い遊びをしてはいないか入念に観察する。まるで取調室で容疑者の犯行を探るように、服の乱れや肌の隅々にまで視線を配る。見た目に不自然な箇所がないと判ると、今度は自然を装った会話で詮索を始める。
「せっかくバカンスに来たというのに、ずっと宿にいたのか?」
「いや、少しだけ街に出てみたさ」
「出かけたなら、胃に何か入れてみただろう。この近辺には珍しいものが沢山あることだしな」
「そうでもないよ。去年来たときに食べた料理ばかりだし。……今日はあまりお腹も減ってなくて、昼食はとってないんだ」
「もしかして金銭的に足りなかったのか? お前が
体を起こして淡々と質問に答えたシウは、納得し兼ねた表情で煙草を咥える父親とわずかに睨み合った。ジンは暗に、飲食物以外を口に含まなかったかと訊いているのだ。シウは父親に対して本音を話すことは少ないが、だからといって嘘をつくこともしない。毎回ながら、親というのは厄介なものだと彼は思う。特に警察官という職業柄、一度疑いをかけると、普段の行動さえ白に映ることはないらしい。
シウはテーブルに投げられた煙草の箱を掴み、一本だけ残された煙草を自分の唇に挟んだ。火を点ける必要はない。いわば、これはパフォーマンスだからだ。ジンがもう一度煙を吐き出したタイミングで、シウも唇から煙草を離し、出し抜けに質問を返した。
「父さんこそ、朝早くから息子を差し置いて何処にいたのさ」
部屋に風が吹き込み、翻ったカーテンが親と子を遮断する。紫煙が他所へ流れ、視界が鮮明になった後のジンは妙な顔つきになっていた。
「ビーチに知らない男といたよね」
「……どうしたんだ、急に。散歩の途中、気の合う人とお喋りしていただけだよ」
ジンが慌てて煙草をふかすと、シウも続いて父親の真似をする。何度か繰り返し、充分な間を置いたところで再び質問をした。
「ねえ、時間を忘れるくらい楽しかった?」
シウの視線は指輪のない薬指に集中する。知ってか知らずか、ジンは厳つい顔を強ばらせて激しく狼狽するばかりだ。
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