第10話 セラエノ図書館

 ジャックの案内の元、今度は何処かで止められることも無く無事に図書館にまで辿り着いた。

 ゴシゴシと入念に血糊を拭き取っておいた硬貨を受付に支払って図書館に入館すると、真っ先に視界に飛び込んだのは見渡す限りの書架の山だった。


「凄いな……正直ここまで大きいとは思わなかった」


「そうかなぁ? 図書館って言ったらこの位は普通だと思うけど」


「でも、ホラ。異世界モノとかだと製本とか印刷技術が未発達で本自体も高価なイメージがあるし」


「製紙技術に関しては一〇五年の後漢に発明されてるし、西洋式の活版印刷は一四五〇年には成立してるかな。君の言ってる異世界モノの舞台が中世ヨーロッパ辺りだと仮定して、大体一六世紀頃だね。そう考えると印刷技術もそれ相応に発達してるはずだから図書館もこんな風にもなるよ」


 滅茶苦茶早口だった。


「ジャックってもしかして本のオタクなのか?」


「この程度の知識は基礎中の基礎の知識、一般常識の範疇だよ。それよりも図書だよ図書。時間は有限かな!!」


 そう言うとジャックは明らかにウキウキした様子で書架の方に向かって行ってしまった。

 ……何と言うか、分かり易いというか何というか。


「俺も本を探すとするか」


 そう呟きつつ、思案する。どんな本を探すべきなのだろうかと。

 目下一番知りたい情報は【魔王】と【欠片】に関してだ。

 だが、相手は神々の最終兵器と言うだけあって情報の殆どが機密扱いでジャックにも全然情報が行き渡っていない。そんなものの情報がこんなところにあるとも思えない。


「とは言っても今は娯楽に時間を費やす訳にもいかないし……安易に図書館に来るのに同意したのは失敗だったか」


「おや、失敗とは聞き捨てなりませんね♪」


「うぇ!?」


 いきなり耳元から聞こえたテノールに思わず変な声が出た。

 おっかなびっくり振り返ってみればそこにはエプロンを身に纏った如何にも温和そうな長身の男性の姿があった。


「え、えっと……?」


「ああ失礼、驚かせてしまいましたね。しかし情報を利用者に供する事を生業とする者の前で図書館に来たことを後悔するのも失礼な話だとは思いませんか?」


「あっ、それはその……ゴメンナサイ」


「ここは西大陸随一の蔵書を誇るセラエノ図書館。情報を求めて来たのであればその渇きは必ず癒される。後悔なんて絶対にさせませんとも」


「……じゃあ、【魔王】について書かれた本って、あったりしますか?」


 自信満々にそう宣う男性に対してそう尋ねると、男性は一転して「おや?」と怪訝そうな顔になった。


「【魔王】とは、もしかして【邪神戦役】に登場したとされるあの【魔王】の事でしょうか?」


「っ!?」


 【魔王】に【邪神】。予想だにしなかった単語に思考が一瞬フリーズする。

 無いと思っていた情報が、まさかこんなにもあっさりと出てくるだなんて。


「その反応を見るに外れてはいないご様子。【邪神戦役】について書かれた図書は確かこの辺りに……ああ、ありました」


 アイナさんは徐に書架の一つにずぼっと手を突っ込むと徐に一冊の本を抜き取った。


「『日の出の勇者』。【邪神戦役】を題材にした児童文学です。ここにはきっと貴方の知りたいことが書いてあることでしょう。因みに、内容もあいまって子供の読み聞かせや躾にも用いられるんですよ。裏切りや悪事を働いたら体をバラバラにされますよってね♪」


 ……かなりバイオレンスな内容な気がしてきたのだが、それは俺の気のせいだろうか?


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、これも館長として当然の役目です♪ ……と、言えたら格好いいんですけども、私も少し気分を変えたくて他の仕事を放ちゃってるんであまり大声で触れ回らないで下さいね?」


「貴方館長だったんですか」


「ええ、私アイナ・ラトテップは館長ですとも♪」


 そう名乗るとアイナさんは『日の出の勇者』を手渡すと書架の山へと消えていった。


「……嵐のような人ってきっとこういう人なんだろうな」


 手元に視線を落とす。表紙絵は普通の冒険譚にありがちな鎧を纏った男が描かれているがバラバラという単語を聞いたせいかそこはかとなく不穏さが感じられる……ような気がする。

 果たして、その内容とはいかに。


「早速だけど読んでみるか」


 そして俺は戦々恐々としながら『日の出の勇者』を読み始めた。

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