第16話 出発点に立ち
柚希の事故から半年以上が過ぎた。柚希は高校生になろうとしていた。もともと成績優秀だった柚希はたとえ三年生の半分程学校に通えていなくとも行ける高校ならたくさんあったが、柚希が選んだのは通信制の高校だった。
勉強が追い付かなくなったからだと嘲笑う人もいた。しかし、柚希はそれを気にしていなかった。自分を信じてくれる人は必ずいると分かっていたからだ。実際のところ、柚希は中学終了までの範囲を既に塾で学んでいたので柚希を笑っていた人たちよりは学力も高い学校に行けたのだが。
それでも柚希が通信制の学校を選択したのには誰にも言っていない思いがあったからである。
あの時の丞との約束は、これだけ経ってもそれが柚希の心の大半を占めていた。
そして、柚希はあるスポーツをたまたまテレビで観戦し、そのスポーツにはまった。
それがパラアルペンスキーであった。
風をきって滑降していく選手たちはかっこよくて輝いていた。
そう、リンクで大きく飛び上がり氷の粒を巻きながら豪快な四回転を連発する丞のように。
そこにはひとりの同い年の選手が出場していた。
同い年の栞奈と柚希は良いライバルになっていくのだがそれはまだだいぶ先の話。
――――――
ところであの日へ遡ってみよう。丞が帰った後のこと。
柚希は丞から渡された袋をそっと開いた。
そこには一通の手紙と一つの箱が入っていた。柚希はまず手紙を取り出す。封筒の中には紙以外のものも入っているようで膨れていた。
羽澄柚希様
今日はありがとう。きっとこの手紙を読んでるということは楽しかったんだろうな…………。僕は柚希ちゃんと仲良くなれたと思ったらこの手紙を渡そうと思っていたんだよ。
柚希ちゃん、これから先どんなに辛くても、絶対に僕は柚希ちゃんの味方です。困ったらいつでも助けを呼んでください。
柚希ちゃんの進む道が光に満ち溢れていますように……
それと、一緒に封筒に入っているお守りはいつだったか柚希ちゃんがファンレターに同封してくれたものです。僕はあのお守りに助けられていたから次は柚希ちゃんに持っててほしい。本来、お守りをこういう使い方するのは間違いだと思うけれど、このお守りを見て僕が応援していることを思い出してくれたら嬉しいです。
そして、箱の中にはスケート靴が入ってます。僕が一緒にオリンピックを戦った靴です。もしよかったら大事にしてあげてください。
最後に、また会いましょう。柚希ちゃんが僕のスケート見てくれることがあるのを楽しみにしています
九条丞
柚希は封筒を逆さにする。中からコロンと青いお守りが転がり出す。
羽澄神社のお守り。名前が一緒で、以前亡き祖母からもらった大切なお守りを柚希は丞にファンレターとともに送っていた。
無事に丞のもとへ届いていた安心、それを丞が知っていた喜び、そして、また手元に戻ってきた嬉しさが溢れ出す。
次に柚希は箱の蓋を開けた。中には黒いスケート靴が一足。そこには丞のサインが金字で書かれていた。
思わず涙が込み上げてきた。丞にとってきっとこの靴は大切なものだろう。ともにオリンピックを戦い抜いた戦友なのだから。それを初めて会う柚希にプレゼントしてくれたことが堪らなく嬉しかった。
柚希は丞に誓う。
『必ず、この靴をあげて良かったと思ってもらえるような人になります』
柚希の挑戦は始まったばかりだ。
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