【完結】こちらは在アルス・メリア日本大使館ですが、何か御用でしょうか?

呑兵衛和尚

第1話・異世界は唐突にやって来る

 2030年。

 今年は札幌冬季オリンピックが開催される年。

 札幌をはじめとする各都道府県では、競技会場や応援観光などが整備され、様々な催し物の準備も着々と進められている。

 そんな、オリンピックの開会式まであと3ヶ月後の11月11日。

 北海道は札幌市で、その事件は起こった。


………

……


「‥‥三番さんのハンバーグ定食上がりました、続いて十五番エビフライ定食とミックスフライ定食も上がりです」


 いつものように忙しい昼。

 北海道庁旧本庁舎、通称赤レンガ庁舎横に併設されているレストランは、いつものように混雑している。


「ミハルちゃん、新規でハンバーグ定とヒレカツ定食、あと麻婆タンメン二つ。九番さん入りました」

「チーフ、名前でなく名字でお願いします」

「はいはい。加賀シェフお願いしますね」

「全く。新規入りました‥‥」

 ここまでが、私のいつもの日常。


 加賀美春かが・みはる28歳。

 職業・調理師。

 彼氏なし。

 勤務先、北海道庁旧本庁舎併設レストラン『赤煉瓦亭』。


 2030年に札幌冬季オリンピックを控え、北海道では観光客を確保するために様々な取り組みが行われた。

 その一つが観光課の推進した北海道庁赤レンガ活性化。

 建物のすぐ隣に赤レンガ造りのレストランを併設し、そこで北海道のさまざまな食材を使った料理を提供しようというものである。

 加賀は調理師免許習得後、北海道庁赤レンガ庁舎の資料館に就職したものの、このプロジェクトメンバーに抜擢され、そのまま実務経験者としてレストラン勤務となったのである。


「加賀シェフ、追加オーダーです。鮭のホイル焼き単品で二十五番です」

「はいはい。先にヒレカツ上がりましたのでお願いしますよ」


──ドクン

 出来立て熱々のヒレカツ定食をカウンターに並べた時、突然目眩に襲われる。


「ふぁ?おっと危ない」


 ふらっとして倒れそうになる加賀だが、すんでのところでカウンターにしがみつく。


「加賀ちゃん大丈夫かい?」

「まさか空腹で倒れそうとか言わないよね?」


 同僚のシェフたちが笑いながら話しかける。

 が、今は全く問題ない。


「貧血かな?いや。ちがうなぁ‥‥まあ、大丈夫ですよ」


 そう告げながら持ち場に戻る。

 そして一通りのメニューをこなしていく。

 そして3時にはレストランは休憩時間に入る。

 4時までの一時間のうちに、シェフやホールの従業員は食事休憩に入るのだが、この時になってようやく何が起こったのか理解できた。


「‥‥なんだあれ?」


 北海道庁赤レンガ正面広場。

 入口の正面にある広い場所に、突然銀色の巨大な扉が現れた。

 高さ3mほどの両開き扉、材質は不明、綺麗な彫刻の施された扉である。

 加賀がそれを見た時、再び軽い目眩を感じた。

 ただ、それが気持ち悪い、具合が悪いという負の作用ではなく、何かが目覚めた、覚醒したという感覚であるような気持ちになっている。


「ちょっと見てくるかな?」


 火をつけて加えたばかりの煙草を灰皿で消すと、美春はレストランから外に出ると、その、扉の近くへと向かった。

 すでに大勢の観光客や道庁職員が集まって扉を調べているらしい。


「全く誰だ、こんな所にこんなものを置くなんて」

「今日、明日はこんなイベントはスケジュールにありません。誰かの嫌がらせでしょうか?」


 職員たちはブツブツと文句を言いながら扉の撤去を始めようとする。

 それを遠くから眺めていると、ふと扉がユラッと陽炎のように揺らめいた。


──ユラッ

「おーい、今、扉が揺らめいたよ? 何か起こるんじゃない?」

「はぁ? そんなことがあるわけないでしょ? この扉には電源も何も付いてませんよ」

「いや、そうなんだけどさぁ?」


 美春が話しかけると、警備員たちはポリポリと頭を掻きながら少しだけ扉に近づく。


「誰の声かと思ったら、レストランの加賀ちゃんかよ。で、扉が揺らめいたって言ったよな? 何処がだ?」


──ユラァァァッ

 警備員たちが不用心に扉に近づくのを、加賀はじっと眺めている。

 その間も、扉は怪しく揺らぎ続けていた。


「今でも揺らいでるなぁ。それに‥‥」


 そして加賀が見ている前で、扉の揺らめきはさらに強くなり、やや虹色の輝きが発生し始めた。


「あ、あら?これはやばいかも‥‥扉が輝いてるよ?」


 加賀がボソッと呟く。

 すると、遠くから見ていた観光客もそれに気がついたらしく、あちこちで声が聞こえてくる。


「なんだ? 何か起こるのか?」

「ストリートマジシャン? でも、マジシャンはどこにいるの?」

「輝いてあるだって?いったいどこが‥‥ほ、本当だ」


 職員たちは慌てて後ろに下がる。

 すると、扉の輝きは徐々に大きくなり始めた。

 やがて遠くからパトカーのサイレンも聞こえてくると、先行して警官が三人やってくる。


──ガチャッ

 道庁赤レンガ正面正門前にパトカーを止めると、三人の警官が扉に向かって歩いてくる。


「道庁観光課より通報を受けてやってきました。これが話にあった、動かせない違法廃棄物ですか?」


 そう説明を求めてくる警官に対して、観光課責任者の山城勇作課長が対応を開始。


「ええ。最初は受付に問い合わせがありまして。あの扉は何かのイベントですかと。現在のスケジュールでは、そのような催し物はありませんし、業者が置いて言ったという形跡もありませんので」

「なるほどね。一人中に入って話を聞いてきて、私とあと一人で調べるから」


 そう話すと、山城課長と警官が道庁に向かう。

 そして残った警官が扉に近づくと、手袋をはめてあちこち調べ始める。


──トントン

 軽くノックする警官だが、そんなことでノックし返してきたらどうするのかな‥‥と苦笑してしまう。


「君は、ここの職員かな?」


 突然若い警官が加賀に話を振ってくる。


「は、はい。そこのレストランで勤務しています加賀と申しますが」

「出勤時には、これはあった?」

「いえ、ありませんでしたけど‥‥」


──キィィィィィィィィィンッ

 再びめまいと耳鳴りが加賀を襲う。

 そしてそれは加賀だけではない。

 近くの観光客のうち何人かが、耳や頭を抑えてうずくまってしまう。

 気がつくと、遠くから何処かのテレビ局がカメラを待って走ってくる。

 夕方のバラエティにはまだ間に合うが、私はテレビに出たくはない。

 フラフラとテレビ局の人達から離れて警官の元に近寄った時。


──ピカァァァァァァァッ

 扉が七色に輝くと、ゆっくりと開き始める。


「うわっ‼︎ まぶしいっっ」


 慌てて手で目を覆う加賀。

 彼女が眼を隠している間に、ゆっくりと扉が開く。

 その一種異様な光景に警官も驚いて身構え、カメラマンは急ぎカメラを回し始める。

 これがスクープだったら、君は局長賞間違いなしだとでも褒められていたであろう。


──スタッ……

 そして開いた扉から、何かがやってくる。

 趣味が読書と音楽鑑賞の加賀の脳裏に、さまざまな知識が走り始める。

 そしていわれもない高揚感と感動が、加賀を包み込んだ。

 彼女の目の前には、中世ヨーロッパの騎士のような鎧に身を包んだ男性と、白銀色のローブに身を包んだ濡れるような黒髪の女性が立っている。


「ダズ、エルク、ラマンダス、ラガナ、ラグナ・マリア」


 威風堂々とその女性は叫ぶ。

 頭から被っていたフードを外した時、私の興奮は頂点に達した。

 黒髪の女性の耳が、ぴょんと横長になっている。

 ファンタジー小説の世界のエルフである。


「うっわ。リアルのディードリットだ」


 小声でそうつぶやいた時、気のせいかエルフが此方を見たような気がする。


「き、貴様たちなにものだ! 抵抗するなよ」


 一人の警官がゆっくりと二人に近づくが、騎士は警官に向かって右手を差し出して動きを制する。


「ガナ、マチュアラグ、ワスラグド、ルルガ、エッセル」

「ガハマ。ラグ‥‥私の言葉がわかりますか?」


 突然エルフの女性が日本語を話した‼︎


「あ、ああ。これはなんだね?ここでの演劇やイベントの許可は取っているのか?」


 一人の警官が声を荒げで叫ぶが。


「まあ、そう思うのも無理はありません。私たちはあなた達でいう異世界。アルス・メリアの地よりやって参りました。どなたか話のわかる方との謁見を希望します」


 堂々とした口調で話しかけてくるエルフ。

 しかし。

 突然、エルフが加賀の方をちらっと見て、また警官たちに向き直った。

 そのあともエルフはあちこちを見渡し、まるで何かに見られているのを感じているかのような仕草をする。


「どうしてこの人カメラ目線なんだろ? 見たことないものに興味を持っているだけかな?」


 加賀がそうボソッと呟く。

 そしてこの状況を見ていた道庁職員達が、建物から飛び出してくる。


「訳のわからないことを。それに貴様、その腰の剣はなんだ? 本物なら銃刀法違反で逮捕させてもらうよ」

 警棒を手にとって騎士に向かって近づく警官だが。


「私たちの世界には、そのような法律はありませんわ。そうですねぇ。では、外交特権として所持権利を主張しますわ。あなたの国が私たちの国と今後も良き関係を続けたいのであれば、手出しは無用にお願いします」


 そう告げると、エルフの女性は近寄る警官に向かって右手を差し出す。

 同時に貴騎士も構えをとき、警官をじっと見つめている。

 すると、三人の中で一番年配の警官が前に出ると、身振り手振りを交え、外国人に対して話をするかのように話を始めた。


「君は異世界から来たと言ったね。それをすぐに信じるわけにはいかない。せめて自分たちが来た世界や国名、名前ぐらいは告げて欲しい」


 そう穏やかに話しかけると、エルフの女性もコクリと頷き、右手を静かに下ろした。


「では改めて。私の名前は⚪︎×Ka區劃……と、失礼しました。こちらの世界の呼び名では、カティサーク。以後、こちらの世界の言葉に準じて敬称を変換させていただきます。こちらは私の護衛騎士のフォルティアと申します。我が国名は神聖ミーディアル王国、私の住む世界は異世界アルス・メリア。私たちは日本国と国交を結びに外交使節としてやって参りました‼︎」


 凛とした表情でそう叫ぶ、カティサークと名乗ったエルフ。

 その圧倒的な迫力に、警官達も気圧されてしまう。


「そ、そんな演技で騙されると‥‥」


 一人の警官が警戒しつつ、フォルティアに近寄ろうとするが。


「それで襲いかかるのでしたら、私たちは身を守るために剣を抜きますが宜しいかな?」


 フォルティアと呼ばれた騎士が、警官に向かってゆっくりと腰を落とし、剣の柄に手をかける。


「やめろ、一旦、本部の連絡を待つ」

「しかし、どう考えてもおかしい奴らです。こんな奴らとっとと捕まえないと」


 そう必至に弁明する警官を後ろに下げると、警官がカティサークの方に少しだけ近づく。


「カティサークさんと言ったかな? 何か身分を証明するものがあればそれを提示して頂きたい」

「成る程。あなた達にこの文字が読めるかわかりませんが」


 彼女はそう告げながら、手の中に一枚の金色のカードを生み出した。

 免許証とほぼ同じ大きさの、金色に輝くカード。


「はぁ‥‥今度は手品かぁ。もうお腹いっぱいですよ」


 そう呟きながら、加賀もその場で一部始終を眺めている。なんというか、直感的にこれは見て覚えておいた方が良いと感じたのである。


「成る程、これは読めませんね。一旦お預かりして構いませんか?」

「それは私の魂から生み出した身分を証明するものです。嘘偽りないものですが、私から離れるとまた魂に戻って来ます。写しであれば構いませんよ」


 クスクスと笑うカティサーク。

 それに頭を下げると、警官がゆっくりと口開く。


「では、私は北海道警察所属の山吹団十郎巡査部長です。こちらが、私の身分を証明するものです。では、写させていただきますね」


 懐から警察手帳を取り出すと、加藤巡査部長はカティサークにそれを提示した。


 やがて、テレビの緊急放送でここの出来事が放送されたのだろう。

 あちこちから様々なテレビ局や新聞社の記者が走ってくる。


「これは……この混乱ではどうしようもありませんね」


 カティサークはそう呟くと、扉に向かって手を掲げる。


「私たちはまた三日後にやって来ます。その時には、有意義な話し合いができる場を設けていただけると助かります。なお、その時に私たちを謀ろうとしたりすると、私たちはこの国との国交は行いませんので」


 それだけを告げると、カティサークは再び扉の向こうへと消えていく。

 そしてフォルティアがその後をついていくと、ゆっくりと扉が閉ざされた。


──ガチャァァァァァン

 扉が元の銀色に輝くと、静かにその場に佇む。

 ちょうど入れ違いに警察の機動隊も到着したが、加賀が見た感じでは時すでに遅し、ゲームオーバーというところであろう。


──ピッピッ

「あ、休憩時間終わりですか‥‥昼食べ損ねたしどうしよっかな」


 加賀としては、今の出来事には興味がある。

 こう見えても、一昔前にはラノベやらアニメも嗜んでいた。

 まだ夢も希望も昔はあったのだけれど、今はがむしゃらに仕事をしている。

 先月、つまらない女と呟いて、彼氏も私の元から立ち去っていった。

 そのとき、彼女は全てを悟った。

 のんびりと、やりたい事をして生きていこう。

 そして仕事一筋に生きていこうと。


「しっかし、とうとう異世界キターか。ラノベとして読むのは楽しいけれど、現実に目の当たりにすると‥‥なにかウズウズするよね」


 まもなく夕方の営業時間。

 本日の予約は六組。全て終わると22時の閉店よりも少し早い。


「それじゃあ、とっとと仕事しますか〜」


 暇つぶしにいいものを見た。

 その程度であった加賀は、このあと自分に起こる出来事に頭を抱えるハメになるなど、思ってもいなかった。



 

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