#25.趣味をみつけよう

 大学時代の先輩に手渡されたのは、分厚いA4用紙の束。オリジナルの演劇脚本でした。


「他にも声を掛けてるから、来週くらいに返事が欲しい。体調もあるやろうから、無理はしないでいいけどね」


 そう言ってくれたものの、演劇へのブランクはかなりのもの。なのでまともに身体が動く自信はないけれど、こうして声を掛けられるのはやはり嬉しいもので。


 あと、いまは療養中の身でもあるわけで。回復傾向にあるとはいえ、演劇の時間的・身体的な負荷はよく知っています。楽しくても疲労に繋がる、ということをリワークを通じて学びましたし。


 うむむ、どうしたものか。

 このまま演劇に復帰してよいものか。

 悩みに悩んだ挙句、先生に相談してみたのです。趣味としての演劇、どうでしょうかって。


「ん~……演劇かぁ」


 と、非常にかんばしく無い表情。


「マズイでしょうか?」

「いや、マズくはないけど。う~ん、演劇ねぇ……」


 やはり好意的でない感触。ひょっとすると、演劇に親をシバかれるなどしたのでしょうか。


「演劇って集団でやるでしょ? んで、カバネ君の場合は責任感とか強すぎるから、遅刻したらアカンとか迷惑かけたらアカンとか考えるでしょ?」

「そうですね」

「一人でマイペースにできる趣味の方が良いんじゃないかなぁ」

「一人でマイペース、ですか」

「そうそう。極端に言えばいつ辞めてもいつ休んでも、誰にも迷惑が掛からないような趣味」


 との事。


「お芝居ってなると、本番の日にやっぱりや~めたとかできないでしょ?」

「それは流石にできませんね……」

「それに今のカバネ君の状態じゃ、思った以上にキツいと思うよ。今は復帰を最優先に考えて、なるべく負荷は掛けないようにした方が良いんじゃないかなぁ」


 ふむむ。

 内心、先輩には『久々に演劇やりま~す』って答える気持ちが強かったのだけれど、これはあまり宜しくないご様子。


 かなり後ろ髪を引かれる思いだったけれど、先輩にはお断りの連絡を入れました。でもやっぱり興味は湧くので、本番当日の舞台設営、受付などの裏方仕事を手伝う感じで。あと、打ち上げを楽しみにしています、とも。


 となると、他に何か良い趣味はあるのだろうか。療法士さんの提案である『感情を発散できる』、そして先生の言った『いつ辞めても誰にも迷惑が掛からない』ような趣味が。


 この頃の僕はリワークに参加しているとはいえ、仕事に比べると自由な時間が沢山ありました。さてどうしたものか……と考えた所で、ふと思いついたのが小説でした。読む方ではなくて書く方の小説。


 学生の頃から読書が好きで、色々な本を読んできました。最初は司馬遼太郎さんなどの歴史小説から始まり、スポーツライティングやドキュメンタリー、純文学からライトノベルなどを濫読する感じで。


 昔から小説を書くことに憧れはあったのです。こんな風に物語を描いてみたい、作ってみたい。そう考えて高校生の頃に少しだけ、ほんの少しだけ冒頭を書いて、やっぱ無理だわって諦めた記憶があります。


 かつて芝居仲間が『カバネさんは小説とか書くのどうなんですか』と言ってくれたのを思い出しました。『きっと、面白いものが書けますよ』なんて。


 新人賞とかコンテストだとか、そんな明確な目標はないけれど……ひとつの趣味として書いてみるのは良いのかも知れない。そんな風に考え、書き始めてみたの。


 プロットも用意せず、誰に見せるわけでもなく、ワードソフトにひたすら書き殴る日々。僕の好きなエッセンスをこれでもかと詰め込み、内面の煮凝りみたいな、小説と言えるかも怪しい文章の集まり。


 いやぁもう本当に驚きました。自分でもどうかと思うくらい、楽しくて楽しくてしょうがないっ……!!


 書き始めて驚いたことが3つ。

 1つは物凄く難しいということ。文章の作法や国語の基本など、理解していないものがめちゃくちゃ多い。言葉の一つ一つに無限の取捨選択があり、書いても書いても正解が見つからない。それはゴールが見えない程に途方もなく、同時に面白くて仕方のないものでした。


 次に、演技との親和性が高いこと。登場人物たちを掘り下げ、心情を考え、喜怒哀楽を感じて動作を作る。これは一人で幾つもの人物を演じるような感覚で。


 最後に、キャラクター達が勝手に動きだしたこと。何となく考えた道筋にそって物語を書き始めると、彼らが思わぬセリフを発したり、行動を見せたりするのです。まるで彼らがアドリブ劇で暴走するように。一体どうなってるんだこれは……でも事前に考えていた流れよりめちゃくちゃ面白いじゃん! 採用!! みたいな。


 一作の中編を書き上げる頃、僕はすっかり小説の虜になっていました。


 すると今度は、誰かに読んで貰いたい欲求が湧き上がってきます。とはいえ友人に読んで貰うなどは恥ずかし過ぎるわけで、さてどうしたものか。小説投稿サイトの存在を知ったのはその時でした。


 とりあえず、とあるサイトに書いた作品を載せてみました。今思えば粗だらけで、読者もほとんどつかない有様だったけれど、でもたった一つだけ……本当に一つだけ『面白かったです』と感想をもらったんです。


 このとき、僕の脳内では何かしらの液体がドバドバ出ていたと思います。

 自分が面白いと思って作ったものを、人が喜んでくれる。

 これがこんなにも楽しいものなのか。

 演劇をしていた頃の、遠くに忘れた感覚が蘇ってくるようでした。

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