1章 妹は王立最強騎士女学園一年生(4)

    4


 ユズリハさんがやって来て、ぼくを一方的にボコっていった日から数日後。

「スズハ、今日はハンバーグだよ」

「わあぃ。兄さんのハンバーグ、お肉の感触がしっかり残っていて大好きです」

「特製あらきハンバーグだからね」

 そんな我が家の夕食時、またもユズリハさんがやって来た。

 しかも新キャラのおっさんを連れて。

「ユズリハさんこんばんは。えーと、そちらの男性は?」

「ワシはユズリハの父お──遠い親戚の者だ」

 父親だ! いま父親って言おうとした!

 このいかにも大貴族って感じの中年男性は、ユズリハさんの父親に違いない。

 てことはえーと、この国の三大公爵家の……?

「あー、ワシはユズリハの遠い親戚だが、かしこまった気遣いは無用だ」

 慌ててジャンピング土下座を決めようとしたぼくを制して、そうユズリハさんの父親が言った。

「ワシのことは、そうだな……ただのアーサーとでも呼ぶといい」

 アーサーって言えば、サクラギ公爵家現当主の名前じゃないか!

 平民のぼくですら知ってるくらい有名だよ!

「ユズリハさん、これって一体どういう……?」

 ぼくがジト目で見るとユズリハさんが苦笑して、

「まあまあスズハくんの兄上? そういうことだから、我々に気遣いは不要だ。わたしは貴族も平民も関係のない学生の身分だし、この父う──アーサー殿も気遣いは無用だと、まさに本人が言っているのだから」

「さいですか……」

 まあこっちとしても、その方がありがたい。

 ぼくだって無礼打ちは勘弁して欲しいからね。

 とはいえ大貴族の二人を前に、おもてなしをしないわけにもいかず。

「えーと、今から夕食でハンバーグだったんですが……お二人も食べます?」

「いただこう」

 即断だった。

 ていうか大貴族の当主サマだよね? 毒味とかしなくていいんだろーか?

「スズハくんの兄上、父う──アーサー殿のことは心配いらない。たとえ大貴族の当主といったって、戦場に赴けば毒味などという悠長なことはしていられないからな。だから、毒味なんて普段からやっていないんだ」

「ぼくの思考を読まんでください」

 あと大貴族じゃなくて遠い親戚って設定、もう忘れているのはいかがなものか。


    *


 意外なことに我が家のハンバーグは大変好評だった。

 公爵は「美味うまし! 美味し!」と叫びながら暴れ食いした上おかわりまで要求する始末、ユズリハさんも「わたしの父う──アーサー殿が申し訳ない」と頭を下げながら、自分のハンバーグもおかわりしていた。

 そんなわけで、大量に用意していたはずのスズハ用おかわりハンバーグはれいさっぱり無くなってしまった。

 おかわりハンバーグがゼロになったスズハは涙目で二人をにらんでいたが、父親の公爵は完全無視、娘のユズリハさんは顔を背けてヘタな口笛を吹いていた。

 ていうかスズハは大貴族を睨み付けるんじゃありません。

「ふう、久々に食った食った」

 ご満悦で腹をポンポンたたいている公爵に用件を伺う。

「それで、今日はどのような件で我が家にいらしたんです?」

「うむ。それだがな」

 思い出したように公爵がぼくに向き直って、

「ワシのむす──ユズリハを負かした男がいると聞いてな」

「……はい?」

「自慢じゃないがワシのむす──ユズリハはな、世界で一番強くて、世界で一番わいい。平民に嫁になぞやらん!」

「ちょちょ、ちょっと父上っ!?」

「はあ、その通りですね」

 ユズリハさんがとてつもなく強くて可愛いのは客観的事実だし、父親ならそう思うのは当然だろう。

 あとユズリハさんが父親って認めたんだけど、もうツッコまないぞ。面倒だし。

「しかるにだ、その娘が手も足も出ずに負けた男がおるという。これは聞き捨てならんと、ワシはその男をこの目で見に来たというわけだ」

「……えっと?」

 たしかに数日前、ぼくとユズリハさんは勝負? らしきことをした。

 というかぼくの視点だと、ユズリハさんが一方的にぼくをボコボコに殴りまくった。

 そのうえ最後はユズリハさんが「うっ……うっ、うわああああんっっ!!」と泣きながら走り去るというオチがつき、ナニがなんだかよく分からないままに終わった……というのが前回の結末だったはずだ。

「えっと……? ぼくがただ、一方的にボコられていただけのような……?」

「はぁ、なにを言ってるんだか」

 ぼくの正当な抗議に「やれやれ、まるで分かっちゃいない」とばかりにユズリハさんが肩をすくめた。

 他人をボコボコにしておきながら、その態度はいかがなものか。

「いいかい、スズハくんの兄上? わたしに本気で殴られて、ケガ一つしなかったなんて世界中でキミしかいないんだぞ? だいたいわたしの全力パンチは、上級騎士だって軽く瞬殺できるんだからな」

「アンタ平民相手になんてことしてくれてるんですか!?」

 ユズリハさんの謎の攻撃力への自信はともかく、そこまで危ないと認識している攻撃を他人にするなと言いたいわけで。

 ぼくの正当すぎる抗議にユズリハさんは慌てて、

「誤解しないで欲しい。スズハくんの兄上なら、絶対に平気だと思ったんだ。それに実際平気だったじゃないか?」

「そりゃ結果論でしょうが」

「結果は大事だぞ? わたしはこれでも大貴族の一員だからな、常に結果を求められる」

 どうだわいそうだろう、と胸を張るユズリハさんに気のない同意の返事をしておく。

 論点がずらされた気もするけど、貴族相手にツッコミを入れる蛮勇などぼくには無い。つい口から出ちゃったのはノーカンとして。

「えっと、結局のところどうすれば?」

 ぼくが結論をたずねると、ユズリハさんが心得ているとばかりに即答する。

「聞けばスズハくんの兄上は、現在もスズハくんに訓練を付けているそうじゃないか? その様子を見せてもらえればと思ってね」

「……そんなのでいいんですか?」

「うん。二人の戦闘訓練を見れば、父上にもキミの強さはおおよそ伝わる」

 ユズリハさんの言葉に、スズハが不思議そうに首をひねった。

「ですが兄さんの強さを見たいというのなら、それこそユズリハさんと再戦するのが一番手っ取り早いのでは?」

「……わたしだって、父上の前でブザマに負けるのは勘弁願いたい。察してくれ」

「なるほどです」

 スズハは納得したようだけれど、ぼくにはさっぱり分からない。

 とはいえ大貴族の当主である父親の前で、そのまなむすめにボコられる趣味も無いので黙っておくけどね。

「じゃあスズハ、そういうことなら早速始めようか」

「……仕方ありません。兄さんと二人きりの訓練を邪魔されるのは心外ですが……」

「こら、お客様の前ではちゃんとしなくちゃ。──そうだね、スズハが頑張ったら明日は唐揚げフェスティバルを開催しようかな?」

「さあさあ兄さん、今日も張り切ってまいりましょう!」


 ──その後ぼくとスズハは訓練を始めて、ユズリハさんたちは食い入るようにその一部始終を眺めていた。

 なかでもユズリハさんがちゃちゃ驚いていたのは訓練の最中もさることながら、訓練の前後にスズハが念入りに柔軟をして、全身の筋肉をみほぐしている時だった。

 こちとら庶民なので、ケガをしてもヒールの魔法ですぐに治せない。

 なのでケガをしにくいように、きっちり柔軟しているだけなのだけれど。

 あと、ぼくがスズハの筋肉を念入りに揉みほぐしてマッサージするシーンに至っては、ユズリハさんが真っ赤になってぼくたちに指を突きつけながら「はっ、ハレンチだっ! ハレンチ極まりないっ!」とか叫んでたけど、どういう意味かは分からなかった。

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