第18話 急速に発展するカストリア

「おい、知っているか? カストリアの噂」

「聞いているぞ! なんでも一粒が金と同じ価格の調味料が出回っているそうだな!」

「それだけじゃねぇ、魔道具完備の住居付きで畑に職業まで用意してくれる開拓村まであるってよ!」


 御伽話おとぎばなしのような話がまことしやかに流れるなか、いざカストリアを訪れれば噂は全て真実、あるいはそれ以上。利にさとい商人が、噂の真相にたどり着くのは時間の問題だった。

 中でも、商談において辺境伯令嬢が興味を示した場合、持ち込んだ品を元に数倍の付加価値をつけた加工品や加工食品のアイデアが提示され、製造と販売を委託されることで、取引額が一桁や二桁は跳ね上がることが伝わると、我先にと、特産品を持ち寄り商材をアピールに訪れ、カストリアは流行に敏感な商人で賑わうようになっていた。そして何より、


「しかし、このスパゲッティというのはうめぇな。よくこんなの考えつくもんだぜ」

「いやいや、この柔らかいパンで挟んだチーズバーガーも負けてねえ」

「俺は嫁と娘にチョコレートをダース単位で買ってこいと頼まれちまったわ」


 食べ物が美味い。市井のパンが一種類しかないことに嘆息したエリスが、デジタルツインで数にものを言わせて、街道の整備のついでに各々の街の店を指導して回った結果、飲食店や宿屋の料理のレベルが数段跳ね上がっていた。

 今では、昔ながらのパンだけを売る店は領内に存在せず、惣菜パンを中心とした軽食や、ホットケーキ、異国のコーヒーなどを味わえる店に変貌を遂げていた。


「ああ、帰ったら固いパンに味気ないスープ三昧かと思うと気が重いぜ」

「全くだ。いっそのこと、こっちに店を構えたくなる。陸路も海路も使えるしな」


 そしてエリスが狙った通り、交通インフラの充実が決め手となり、中小の身軽な商会の中にはカストリア領に拠点を移すものも多数出てきており、カストリアは今までにない急速な発展を遂げていたのだった。


 ◇


 そんなカストリア領内の変化には気が付かず、エリスは今日も今日とて、新しい料理開発に余念がない生活を送っていた。


「砂糖に塩、スパイスも手に入ったというのに、どうして転生する以前の水準に追いつかないのかしら」


 ビリーが絶賛したスパイスを使った料理も、美食を通り越して飽食の時代を迎えていた前世の料理と比べれば、まだまだ素朴な味わいと言えた。例えるなら、野外で食べれば塩胡椒しおこしょうをまぶしただけのバーベキューも美味しい、といったところかしら。


「それはワインや料理酒を使っていないし、エリスの舌に限って言えば醤油味もないし昆布や鰹節かつおぶしとかの出汁も取ってない。ソースが決め手の料理は難しいだろうね!」

「はあ、料理の道は厳しいわ」


 昆布こんぶ鰹節かつおぶしは、海があるから時間があればなんとかなる。醤油は…大豆を探さないといけないけど、最悪、魚醤ぎょしょうで我慢する。でも、お酒は、さすがに七歳には厳しいわ。というか、コメがない時点でお酒どころかやみりんは絶望的と言っていい。

 しかし、そんな時にヘルプは存在すると言っていいでしょう!


「さあ、答えるのよファルコ! コメなしで酢やみりん、料理酒を作る方法を教えなさい!」

「ピーガガガ、実現不可能。あきらめてね!」


 なんということでしょう、不可能なことが判明してしまったわ! というか、その擬音は何よ!

 こうなったら、ブドウやサトウキビはあるからワインとブランデー、ラム酒くらいは作れるだろうし、それで柔らかい肉を食べて我慢することにしましょう。


 そう切り替えた私は、ファルコから必要な情報を絞りあげつつ、まずはワイン作りを始めるのだった。


 ◇


 エリスの嘆きとは裏腹に、超高品質な金属に裏打ちされた金物。宝飾、服飾、グルメに果ては魔道具や魔導船舶など、信じられないクオリティで整備された街道も相まって、代わり映えしない酪農で暮らす辺境とあなどってきた貴族たちにとっても、カストリアは無視できない領地に変わりつつあった。

 特に時折流通する中級以上のポーションにより、腕の良い錬金薬師の存在がチラついたことで、近隣の貴族はもちろんのこと、国内の有力貴族からも注目されるようになっていた。


 そんな折、アストリア侯爵邸からついに核心に触れる内容の書状が届けられた。


「あなた、どうやら実家はエリスの能力に気がついたらしいわ。おそらく、侯爵以上の貴族家はすでに気がついていると見ていいそうよ」


 イリスが義理の兄であるアストリア侯爵からの書状をひらひらとさせて告げてくる内容に、しかし、エイベルは動じることはなかった。


「あれだけやって気が付かない方がどうかしているだろう」


 特に船舶の性能がこれまでと段違いすぎて、海に面する領ならどこの領でも、なんなら国外にでも、荷を届けられる体制が整ってしまった。時流に遅れてはならぬと内陸の御用商人がカストリアを訪れれば、その馬鹿げたクオリティの街道にも気がつこうというものだ。


 であれば、おそらく冬を越したら来るのだろう…男親にとって恐るべきあれが。


「一応、聞いておきますが、足切りラインは?」

「伯爵以下は全て却下だ」

「まあ。ずいぶんと対応が楽になりそうで助かります」


 ほほほと口に手を当てて屈託なく笑うイリスに、ため息をつきながら愚痴をこぼす。


「しかし…やっぱり来ると思うか? デビュタントもまだなのだぞ?」

「こないわけがないでしょう。十七歳のあの子の姿を見たはずです。まだ幼くとも、片鱗は隠せるものではありません」


 ああ、なぜ七歳からエリスを嫁にやる時のことを考えなくてはならないのかとエイベルは苦悩の声を上げる。

 我が妻イリスは、若かりし頃は言い寄る男性は数知れず、はっきり言って高嶺の花だった。それに瓜二つと言っていいだけでも十分なのに、能力という付加価値までついたらどうなるかは火を見るより明らかだ。

 ただでさえ王家の婚約話がくすぶっているというのに、状況は複雑になるばかりだ。


「決まらないよりはいいじゃありませんか。それより、この機に乗じてカールとブルーノの相手を来年こそお決めくださいな」

「わかっている…そうなると、伯爵家も無碍には扱えんか」


 エイベルは来春から活発化するであろう、あまりに早すぎるエリスへの婚約の申し出に対する対応と、辺境であるがゆえ、なかなか決まらなかった嫡男と次男の結婚相手という正反対の問題に頭を悩ませるのであった。

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