第11話 宝飾品とお菓子の開発

 倉庫に鉄や銅を合計四トンほど出したところでもう十分だと言われ、また後日、様子を見に来ると約束すると、とりあえず前金として金のインゴット一個分の金貨二百枚を置いてきた。パンの価格を考えれば、これで食べることに不自由はしないはず。


 それにしても細工師がいるとは思わなかったわ。宝飾品店を開いたら…どうなるのかしら。辺境じゃ妥当な金額で売れないわよね。宝石も錬金術で作り出せるし、利益率を考えればやらない手はないんだけど、販路を開拓しないといけないから、お父様とも相談して決めることにしよう。

 とりあえず目的を果たした私はノゴスの街を後にした。


 ◇


「お父様、鍛治師に会ってきたのですが細工師がいるというのです。もし宝飾品を作ったら、うまく商売ができる商人に心当たりはありませんか?」


 晩餐の後、帰宅してから作った金のダイヤモンドリングを渡して尋ねた。ライブラリの結晶構造に沿った欠陥のないダイヤモンドカットの宝石は、部屋の灯りを反射してキラリとした輝きを放っていた。


「エリス、これはひょっとして錬金術で作ったのかね?」

「はい。ちょっと簡素な作りですけど、細工師に複雑な造形のデザインを渡せば、もっといいものができると思います」

「もっといいもの…」


 捻れ構造を持たせたり、幅広の薄いリングにして紋章を描いたりと、やり方はいくらでもある。ダイヤモンドを散りばめたような贅沢極まりないティアラなんかも、一部の貴族にはうけるかもしれない。もっとも、一般的な宝飾品をみたことないからわからないけど。


「お母様につけてもらったり、お兄様のお相手がいればプレゼントして感想を聞いてもらったりすれば、出来不出来はわかると思います」

「イリスはともかく、カールやブルーノの相手は難しいな。見本ができたら、御用商人を呼びつけるから、いくつか作らせてみるといい。ところで、商売を広げてエリスは何がしたいんだい?」


 私は森に平らに舗装した街道を通して魔改造した馬車を走らせることで領内の取引を活性化し、いろいろなところに加工品を売って、代わりに特産品などの農作物を仕入れてもらい、食生活を豊かにしたいと漠然とした構想を話した。


「魔石でオーブン…という調理魔道具を作ったら、お試しで料理やお菓子を作ろうと思いますので、その時には一端が見えると思います」

「ほう、それは楽しみだ。エリスの好きにするといい」


 よし! 明日から開拓を進めながら料理に宝飾も並行して研究していくわよ!


 ◇


 今まで六万五千人を全て森の開拓、生産、訓練のローテーションにあてていたけど、これからはノゴスの街で馬車の魔改造やオーブンなどの魔道具開発、宝飾品に必要な宝石の生産とデザインの指示、厨房を少し貸してもらっての料理レシピの開発やお菓子作りと並行してプロジェクトを推進していくわよ!


 そして本体は…


「こんなに部屋でゴロゴロしていていいのかしら」


 今となっては数百万のMPを誇るようになり、魔力切れを起こしにくくなって何度もデジタルツインを出し入れする必要性がなくなったことから、安全確保と称して家に篭りっきりだった。

 こんな自堕落な生活を送っていても、夕方近くになって西の森の開拓村で統合を果たして三交代警護のデジタルツインを配置した後は、ものすごく働いたり訓練したりした記憶で埋め尽くされるというのだから、不思議な感覚だわ。


「正直言って、神様もここまで毎日万単位のデジタルツインを生み出して何かすると思っていなかったと思うよ!」

「そうかしら。六万人越えの労働力はたとえ七歳児でも大したものよ。遊ばせておく手はないわ」


 最近では寝ている最中もずっと働かせっぱなしにしないと時間が勿体無く感じてしまう。もしかすると、毎日六万五千人体制で行動しているうちに、仕事中毒ワーカーホリックな考えが身につきつつあるのかもしれない。


 でも、たとえ一平方メートルを錬金術で綺麗に舗装するのが精一杯だとしても、六万人いれば六万平方メートル。幅六メートルの完全舗装された道路が一万メートル、つまり十キロの道ができてしまう。十日で百キロ、百日あれば千キロ、おそらく年内に西の国境まであり得ないほど綺麗な道路ができてしまうなら、やり甲斐もあるというものよ。


 それに、最近は建築技術も磨きがかかってきて、ログハウスが関の山だったのに今ではコンクリートを使った二階建て建築までできるようになり、どんどん手に職ついて言ってしまう状況に、我ながら恐ろしいわ!


「いやいや、どう考えてもおかしいよね! 手に職令嬢!」

「魔法に錬金術に武芸はもちろんのこと、料理、鍛治、細工、農業、建築と次々と極めていった果てに見えるものがあるはずよ」


 山ぶどうを使った天然酵母を使ったパン作りの試行も一日で六万枚も焼けばかなりの技能が身についてしまう。少し料理長に味見をしてもらったけど、その柔らかさに絶賛の美味しさだ。

 次は領内の酪農を活かしてゼラチンを作って牛乳プリンやゼリーを作っていきましょう。その後は、森の木の実を使ったクッキーやタルトにチーズケーキと夢が広がる。


「その前に砂糖を大量生産できるようにしないといけないわね」


 幸い、森でテンサイに近い根菜を見つけたので、それを品種改良してテンサイ糖を作っていきましょう。全く、神様がくれたライブラリの知識はすごく便利だわ。


 こうして一ヶ月に渡りじっくりと仕込みを終えた私は、満を持してお父様にデモンストレーションを行うことにした。


 ◇


「お父様、見本の宝飾品とお菓子が出来上がりました」


 錬金術で作った大粒のダイヤモンドやルビー、サファイアをふんだんに使った指輪や腕輪、ネックレス、ティアラにイヤリングをアイテムボックスから出していく。

 私自身も錬金術を併用して細工を作ったところ、デジタルツインの数の暴力による研鑽により何百万という試行の末、初期の頃の単なるリングとは比べものにならないほど繊細さを増していき、最近では蝶が羽を広げるようなダイナミックな銀細工に七色の宝石をあしらうような匠の技を実現してしまった。


「どうです、お父様。可愛いと思いませんか?」


 そう言って、渾身の最高傑作である蝶の髪飾りをつけてクルリとまわってみせる。


「いやはや、これは想像を突き抜けるような宝飾品だ。おそらく王都一の職人でも、これは難しいだろう」


 まあ、錬金術の加工精度とデジタルツインのあり得ない試行回数が成せる技だけどね。


 次にお菓子の成果を見せることにして、そのキーアイテムとなったテンサイ糖から紹介を始めていく。


「そしてこちらが、テンサイ糖という新しい砂糖です。テンサイ糖は森で見つけた根菜を大量に栽培すれば沢山作れるので、今後はカストリア領の特産品にできるかと思います」

「これは…今までの砂糖とは違ってサッパリとしているが、れっきとした砂糖だ! これが我が領内で大量生産できてしまうというのか!」


 とりあえず紅茶を入れて小さじ一杯ほど入れて差し上げると、満足そうにお父様は頬を緩める。


「そして、こちらがテンサイ糖を使ったお菓子です。あ、パンは砂糖を使っていませんが、今までのパンと比べてふわふわしています」


 クッキー、タルト、チーズケーキの他、天然酵母を使った柔らかいパンに、山ぶどうのジャムを使ったジャムパンなどを披露していく。


「おお、素晴らしい。イリスが食べたら止まらなそうだな」

「あまり食べるとふとってしまうので注意が必要です…」


 まあ、今まで糖分少なめの食事をしてきたことから太りにくいとは思うけど、ぶくぶくに太ったお母様は見たくないわ。


「エリスの目指すところはよくわかった。できる限りの協力をするから、どんどん推進していくとして、来週にでも御用商人を呼びつけて販路を相談しよう!」

「ありがとうございます! お父様!」


 やったー! 統合の影響で幼くなった精神に引っ張られて思わず飛び跳ねて喜んでしまう。


「それでお父様、西の森の開拓がひと段落したので、今度少し見にきて欲しいのです」

「なに? まだ他にもやっていたのか!」

「はい、国境まで廊下のように平らな六メートル幅の街道が通しましたけど、これ以上は隣の国になってしまうのでどうしようかと」


 そう言って、マップ機能により脳裏に映った地図を模写した精巧な地図に、今回整備した街道を記したものを広げて見せた。


「この地図は軍事機密並みの情報…だな。一般に流さないように注意しなさい」

「え、わかりました」


 お父様の話だと、ここまで精巧な地図は存在しないという。う〜ん…


「どうしたんだい? 何か困っていることがあるなら遠慮せず言いなさい」

「実は、カストリア領内および隣接する土地全てと、隣の国の最寄りの街まで含めて地図を作ってしまったのです」


 バサリッ!


 だって、そのうち領内の街道も整備して隣接する国との商売を活発にさせようと目論んでいたから。高低差十メートルの精度で等高線を入れたものを作っていたのだ。


「はぁ…これはすごい。攻め込むつもりはサラサラないが、これがあれば戦に負ける気がしない。わかった、明日にでも一緒に見に行こう」


 辺境を守護するお父様の目からすればかなりの情報のようだけど…まあ、負ける気がしないならいいことね!

 私はそう割り切ることにして、地図を全てお父様に預けたのだった。

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