017 森からの帰還

 一行はチャコール森林地帯を後にする。


 愛馬メガギガに馬車を引かせるモスが先頭、ラプトルに乗るハルシュがその後ろ、そしてしんがり・・・・はラスタ・シルバーナが務める。


「本当によろしいのですか? 平民の私ではなく侯爵様が自分の足で走るなんて……」


「いいんだよ。俺は走りたくて仕方ないからね! それにあんな目に会ったばかりの女の子を歩かせるなんて、侯爵である前に男として許せないよ」


「ありがとうございます……。でも、無理しないでくださいね。しんどくなったらいつでも変わりますから」


 馬や小竜ラプトルと並んで走ると言い張るラスタがどうにも信じられないハルシュ。そこへモスから助け船が出る。


「ラスタ様は本当に足が速いから、気にする必要ないんだなぁ~。森に来る時なんて追っても追っ手もラスタ様の背中が見えてこないから、ちょっと焦ってたくらいなんよ。僕のメガギガも相当の駿馬しゅんばなのにな~って」


「いやぁ、あの時は生まれて初めての全力疾走に酔いしれててねぇ……。でも、姿が見えなかったのによく森の中で俺を見つけられたね」


「ハルシュちゃんの悲鳴のおかげなんよ。僕はこう見えて耳が良くってね~。人の悲鳴と魔獣の鳴き声なんて一瞬で聞き分けられるんだなぁ~」


「それはすごいな……! 領都警備隊は人数こそ少ないけど有能な騎士が揃ってるね。ハナビは依頼書を見ずにその内容を説明してたし、依頼品の採取と運搬の方法もスラスラ出てきた。きっと1つ1つ覚えてるんだ。あの膨大な数の依頼を……」


「ハナビは僕と違って本当に良い子なんよ。1人でもみんなのために働くことができる使命感と正義感を持ってるんだな。だから、ラスタ様にはハナビのことを大切にしてあげて欲しいんよ」


「もちろん、そのつもりだよ。でも、俺はモスのことだって大切にしたいよ。君も相当優秀な騎士だ。それはさっきの手際の良さを見てもわかる。モスもこれからのシルバーナに必要な人なんだって」


「それは買い被り過ぎなんだな~。僕にはハナビみたいな正義感や使命感はないんよ。ただ、美味しいものを食べてぐっすり寝たいから、言われれば仕事はやる。でも、言われなかったらやらない。ただ、それだけなんだな~」


「なら、俺が言うよ。モスがやるべきことを。正義感や使命感も大事だけど、やるべきことを実行できる高い能力も必要だ。君にはその高い能力があると確信してる。それに仕事をした後の方がもっとご飯は美味しくって、もっと気持ちよく眠れるはずさ」


「むむむ……なんだか仕事が増えそうな予感……! でも、僕も騎士の端くれだから、領主様からの仕事はとりあえず断らないようにしてみるんだな~。でも、あんまり押し付けられると爆発するから気をつけるんよ~」


「ああ、爆発しない程度に押し付けるよ」


 ラスタが今日出会った2人の騎士は、彼にとってどちらも信用できる人物だった。だが、シルバーナ騎士団に所属するほとんどの騎士とはまだ会えもしていない。


 数日以内に帰還する予定の銀灰遊撃隊にもハナビやモスのような人がいてくれたら……と思わずにはいられないラスタだった。


「あのぉ……」


「なんだい? ハルシュ」


「侯爵様と騎士様は以前から仲が良いのですか?」


「いや、今日初めて会ったし、何なら初めて会話したのはあの森の中だよ」


「ということは、関係の長さでは私と大差ないのですね……」


「そうなるね! 何か気になることでも……?」


「いえ、その割には大変仲がよろしいな~って思っただけです。とても今日出会ったばかりとは思えません」


「うん! 俺もそう思ってるよ」


 ラスタたちはしばらくして領都シルバリオに帰還した。


 そして、城下町まで帰ってきたところでモスが離脱する。ハルシュを探しているであろう両親を領都警備隊の詰所まで連れてくるためだ。


 すぐに会わせてあげたい気持ちはもちろんあるが、事件の詳細を伝えたり、逆に事件発生時のことを聞き取ったりするために、一度ハルシュの両親にも詰所まで来てもらう必要がある。


 馬車には代わりにラスタが乗り込み、人攫いたちを詰所まで連行する。彼らは数日間目覚めない可能性もある。とりあえず死なないように治療を施してもらい、意識を取り戻したら余罪も含めて詰めていくことになる。


 予想外の事件に出くわしたが、ラスタは依頼品である銀凛草とシルバナバイコーンの角もキッチリ持って帰って来た。ハナビの評価もそれはそれは高くなると思うと、ラスタは自然と笑顔になった。


「日が落ちるギリギリのところで帰ってこれたな。でも、仕方ないとはいえ遅くなってしまったし、クロエは心配してるかもなぁ……」


 なんてことをつぶやきつつラスタが馬車から降りると、詰所の中からドタドタと音が聞こえてきた。そして次の瞬間、扉を勢いよく開いてクロエが飛び出してきた。


「うわっ!? どうしたんだクロエ? まさか、何かあったのか!?」


「それはこっちのセリフですよ! こんなに遅くなるなんて、何かあったんですか!?」


「あーっと……まあ、間違いなく何かはあったんよ」


 ラスタは苦笑いを浮かべる。激動の1日はまだ少し続きそうだ。

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