013 モス・アラモス
彼の名はモス・アラモス。
シルバーナ領の防衛を一手に担う防衛大臣ドムド・アラモス
その高貴な立場とは裏腹に、彼のすることと言えば詰所に食べ物を持ち込んで美味しく食べ、同じく持ち込んだふかふかのソファーに横たわって寝ることくらい。
たまにハナビにつつかれて仕事を手伝うこともあるが、基本的に騎士の仕事に熱意はない。
とはいえ、詰所にはいろんな情報が詰まった依頼書や、地図などを含めた領地の機密が置かれている。そんな詰所をハナビの留守中も無人にしないという意味では、彼も仕事をしていると言える。
ふくよかな丸いフォルムからは想像できないくらい鋭い感覚を持ち、今回もラスタたち見知らぬ者の気配を感じ取って目覚めた後、ずっと寝たふりをしていた。
「新しい領主様を追えばいいんかぁ~?」
「そうだ。そして、その仕事っぷりを観察し、もしもの時は助けに入れ」
「う~ん、責任重大だけど流石にこれはサボるわけにはいかないんだなぁ~」
ひょいっとソファーから立ち上がったモスは、特に装備も持たずにドスドスと詰所の外に出て行った。その姿は初対面のクロエから見て、到底ラスタを守れるような人物とは思えなかった。
「あの……失礼なことを言いますが、あの方で本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、骨はないが肉はある。やる気はないが実力はある。そんな男さ。私は本気さえ出せばモスがこの領地で一番強いって思ってるんだけどね」
「そ、そんなにですか……!?」
「まあ、なかなか私の期待には応えてくれないし、出せない本気はないのと同じだけどね……」
そうは言いつつも、ハナビは本気でモスの強さを信じているようだった。しかし、クロエはまだ信用できない。彼女は不安を抱えたまま、ラスタの帰りを待つことになる。
「ところでさぁ、男どもの帰りを待っている間に、あなたと次期領主様のこれまでについて私に教えてくれない? 彼が幼くして追放された呪いの子ってことは知ってるんだけど、本当にそれしか知らなくってね」
「わかりました。依頼書を整理しつつお話しますね」
「本当は部外者に依頼書を見せちゃいけないんだけど……まあ、部外者ではなさそうだしオッケーよね!」
「そうですそうです。私はラスタ様の関係者ですから! そんな私とラスタ様の出会いは6年前までさかのぼり……」
◇ ◇ ◇
一方その頃、ラスタは風のような速さで走っていた。
街中ですれ違った馬が自信をなくしてうなだれるくらいのスピードで首都シルバリオを飛び出し、目的地であるチャコール森林地帯へまっしぐらだ。
「軽い! 軽い! 軽い! 何もかもが軽い!」
走りながら飛び跳ねる。この解放感は何物にも代えがたい。14年の人生で初めて手に入れた感覚に酔いしれながらラスタは走る。
どれだけ走っても息が切れることはない。鋼の頑丈さと人の柔らかさを併せ持つ心臓や肺は、数十分の全力疾走ごときで疲れることはない。
「ひゃっほ~う!」
いつまでも走っていたいラスタだったが、残念ながら彼の体はチャコール森林地帯に到着していた。お楽しみは帰り道までお預けだ。
「まずは
チャコール森林地帯の中では珍しい草ではないため、発見するのにさほど時間はかからなかった。また、群生しているため1つ群生地を見つければ8株の採取はそう難しいものではない。
ただ、採取方法を知らない者は持ち帰るまでに枯らしてしまう。銀凛草は繊細な植物だ。
「土ごとゴソッと掘り起こして、瓶の中に入れて、近くの水場から水を注ぐ。最後はキッチリフタを閉めて、ひっくり返さないように持ち帰ると……」
焦らずゆっくりと8回この作業を繰り返す。そこまで難しい作業ではないように思えるが、魔獣が出没するスポットで行っていると考えれば、かなり危険である。
鋼鉄の肉体を持つラスタだからこそ作業に集中できるが、普通の人間なら複数の見張りを立ててやっと行える作業だ。
「……ふぅ、なんとか採取完了だ! 後はこれを割らずに持ち帰れば……って、それならバイコーンの角を先に集めた方がよかったか……?」
割ってはいけない瓶を8本背負ってシルバナバイコーンの角を探すことになったラスタ。しかし、日頃の行いのおかげか、彼はここでとんでもない幸運に遭遇する。
なんと見つけたシルバナバイコーンの群れがちょうど角の生え変わり時期で、地面には伸びに伸び切った角がゴロゴロと何本も落ちていたのだ。
「やった~! これだけあればハナビもきっと俺を認めてくれるはずだ!」
リュックに入るだけ角を詰め込み、ラスタは笑顔で来た道を引き返す。これなら日が暮れるどころか、帰って午後のお茶会でも開けそうなくらい時間に余裕がある。
《キャアアアァァァーーーーーーーーーッ!!》
再び全力疾走するためにラスタが体をほぐしていると、女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。しかし、ここは魔獣が巣くうチャコール森林地帯。鳥の魔獣の鳴き声という可能性もある。
「……余裕はあるし、一応確認してみるか」
何らかの仕事でここに来ている冒険者が襲われた可能性もある。悲鳴だと少しでも思ったからには、見過ごすわけにはいかない。
木々の間を
建物と言っても非常に簡素な造りで、丸太を組み合わせ草木で覆うことにより精度の高いカモフラージュを実現している。
しかし、ここはチャコール森林地帯の中でも木々がうっそうと茂った場所だ。そうそう人は近寄らないだろう。そんな場所にもかかわらず建物を作り、それを隠す努力をしている……。
その理由は、良からぬことを企んでいるからに他ならない。
「おいっ! 雑に引っ張るから猿ぐつわが外れたじゃねーか!」
「すまんすまん。でも、こんなところで悲鳴をあげたって誰もこねぇよ」
隠れ家の周りには数名の男たち。そして、近くに置かれた馬のいない馬車から引きずり出されているのは……体をがんじがらめにされた少女だった。
「来てよかったな……」
誰が見ても疑いようはない。ここは人攫いのアジトだった。
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