009 騎士の詰所

「……では、ご案内しましょう。領都警備隊の詰所つめしょへ」


 中庭から移動するラスタ、クロエ、カスペン。


 しかし、動き始めてすぐにカスペンが侍女に呼び止められた。どうやら葬儀のことで大臣の誰かに相談を持ち掛けられたらしい。


 政務官であるカスペンは最もパルクス侯爵の近くにいた存在だ。それだけ侯爵の葬儀について意見を求められる。


「申し訳ございませんラスタ様……。急ぎの用事ができてしまいました」


「構わないよ。詰所の場所さえ教えてくれれば、俺たちだけで行ける……はずさ」


 城の構造を把握していないラスタは一瞬不安になったが、まあ何とかなると自分に言い聞かせる。


「詰所は正門の両脇にそびえ立つ円柱の塔にございます。城の方から見て左の塔の1階が詰所となっており、おそらくは誰かいるはずだと……」


「わかった。正門なら通って来たから迷うことはないさ」


 カスペンと別れ、ラスタたちは正門にやって来た。


 跳ね橋を渡って真っ先にくぐることになる正門。その両サイドには太くて高い円柱の塔がある。この塔は城壁とつながっており、守りの要所になっている。


 高さを生かした見張り台として機能し、城に敵が迫って来た際には、窓から飛び道具で応戦できるように設計されている。


「なんかこの2つの塔だけ他と比べてスケールが大きいなぁ」


 実はこの塔だけシルバーナ城の参考元であるリオハルコン大王城と同じスケールで作ってしまっている。


 ただ、その大きさを生かした広い内部には、騎士たちがおよそ2つの塔を行きするだけで生活できるほどの設備が整っている。


 なお、そんなことを知らないラスタは設計ミスだなと断じ、カスペンに言われた城から見て左側の塔の扉に手をかける。


「この中に騎士たちが……!」


 期待を持って両開きの扉を押し開けたラスタ。しかし、その中には彼の想像と異なる空間が広がっていた。


 まるで場末の酒場……。奥にはバーカウンターがあり、フロアには円形のテーブル、その周りにまばらに椅子が置かれている。


 どう考えてもバーカウンターで酒を買ってテーブルで飲むような構造。そこからは騎士の栄光とか、そういうものは感じない。掃除もあまり行き届いてはいない。


 だが、ラスタを一番驚かせたのは騎士の少なさだ。カウンターに1人、フロア側に1人しかいない。これで果たして隊として機能するのか……。


 ラスタはカウンターに座る騎士の方に目を向けた。赤黒い髪を頭の両サイドでまとめた女性で、歳はおそらく20そこそこ。カウンターテーブルいっぱいに散らばった書類にひたすら目を通している。


 忙しそうだが、彼女から話を聞くしかない。ラスタはバーカウンターに近づいた。


「なんだい少年。我ら領都警備隊に依頼かい? 残念ながら……いや、見ての通りこの隊は全然人手が足りてなくてね。今は貴族どもからの依頼を少しずつこなすのが精一杯なのさ。ごめんね」


「あ、いや、俺は……その……」


 女性は疲れなのか化粧なのか、目の周りが少し黒い。隊服も着崩していて、はだけた胸元からは深い谷間が見えている。ラスタは思いっ切りのぼせ上ってしまった。


「あらあら、もしかしてアタシ目当てだったのかしら? ふふっ、お年頃だもの。仕方ないわね」


「いえっ、そんなことは……!」


 ラスタは話を切り出せない。これはもうダメだと判断したクロエは、低い身長を補うため椅子の上に乗ってバーカウンターの女性に話しかけた。


「ここに来た目的は視察なのです! 私の名前はクロエ! そして、このお方は決闘の儀によって正式に次期領主と認められたラスタ・シルバーナ様です!」


「この子が……次期領主?」


 目を丸くする赤髪の女性。だが、数秒後には事態を理解し、キッとにらみつけるように目を細めた。


「なるほどね。あのボンクラが後継者にはならなかったわけだ。ふふっ、せいせいするよ。あいつ私のことをいやらしい目で見てくるからさ。まあ、そこは兄弟似てるのかもしれないけど」


「いや、俺はいやらしい目でなんかは……うっ!」


 クロエはラスタの背中を叩いて黙らせると、本題の話を続けていく。


「ラスタ様は騎士団の現状を把握したいのです。大半の騎士は遠征中と聞きましたが、流石に残っている騎士の数が少なすぎではありませんか?」


「大半……か。マイルドな表現だねぇ。カスペンさんあたりに聞いたんだろうが、その認識は間違ってるよ……!」


 バンッとカウンターを叩いて立ち上がる女性。敷き詰められた書類が何枚か舞い上がり、はらはらと床に落ちた。


「そういえば、自己紹介がまだでしたねぇ次期領主様。ワタクシはローゼンマイヤー子爵ししゃく家の長女ハナビ・ローゼンマイヤーと申します」


「あ、俺はシルバーナ侯爵家の五男、ラスタ・シルバーナ……です」


「ローゼンマイヤー家は領地を持たない貴族でしてねぇ。ここではない他の領地にお世話になっていたのですが、アタクシは家族との折り合いが悪くシルバーナ領に流れて来たのでございます。ありがたいことに騎士爵を与えられ、こうして日々働いているのであります」


「それはご苦労様です……。その、無理に改まった話し方をしなくてもいいですよ。最初の時みたいに話してくれた方が、個人的にいいかなって……」


「あっ、そう? じゃあ、自然体でいかせてもらうわ。んでんで、確か騎士団の現状を聞きたかったんだよね?」


「はい、そうです」


 少しずつ赤髪の女性ハナビに慣れてきたラスタ。彼自身もやっと自然体になってきた。


「なら、話さないわけにはいかないね。シルバーナ騎士団を牛耳ぎゅうじる騎士団長アッシュ・シルバリオと奴が隊長を務める銀灰ぎんかい遊撃隊ゆうげきたいのことを!」


「現在の騎士団長……銀灰遊撃隊……!」


「まあ、とりあえず適当に椅子を持って来て座りなよ。あと飲み物は何がいい?」


 ガッと書類をどけてカウンターテーブルにグラスを置くハナビ。やっぱり酒場なのかも……と思うラスタであった。

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