第17話 続く衝撃
コーヒーを飲み干したナギサは店員さんへおかわりを注文し、それが目の前に置かれるまで一言も口を開かなかった。来たばかりのカップへスプーンを差し入れ、なにも入れていないのにクルクルとかき混ぜている。
「ここまでは大丈夫?
ちょっと刺激が強すぎたかな?」
「い、いえ、平気……
確かに驚いてはいるけど、でも平気よ」
「じゃあ続きと行こうか。
彼と何度か会う中で、弁護士へ相談しに行くこともあった。
現状からの脱出は、精神的問題を解決するうえで不可欠だと言われたからね」
「確かにそうですよね。
私は親に恵まれているから完全な理解は難しいけど、あまりいい生活環境じゃないことはわかります」
「あの時は色々な可能性について考えたよ。
それこそ家出、夜逃げ、みたいなことも含めてね。
でも実際にはすごく簡単な方法で環境を変えることが出来たんだ。
それこそ考えもしなかった単純で当たり前の方法でね」
「それってどんな!?」
「驚くなかれ、親を説得したのさ。
進学や僕に興味の無い親へ、働きながら予備校へ行くから家を出ると言ったら即答で許可が出たよ。
もちろん費用は出さないし、もう帰ってこなくていいとは言われたけど、それは僕からしても大歓迎だ。
これでようやく自由が得られると大喜びしたよ」
「でもそれはそれで大変だったんじゃないですか?
ナギサは昔からなんでも一人でできたのかもしれないけど……」
「まあ家事はそれなりにできたけど最初の難関は住むところだったね。
保証人もいないしもちろんまとまったお金もない。
予備校の費用なんてもってのほかだ。
バイトはしていたけど、普段の食事も自腹が多かったから貯金もなかった」
「じゃあ結局家を出るまでには大分時間がかかったのかしら?」
「そこでまた彼が助力してくれたんだ。
使って無い部屋があるから自由に使っていいし、食べるものでもなんでも好きにしていいってね。
いくらなんでも甘え過ぎだとは思ったけど、僕も追いつめられていたし、それに……
彼が僕を愛していると言ってくれたことが嬉しかったから」
あ・い・し・て・いる! もう私の頭から湯気が出ているのがわかる。いや実際にそんなことは起こりえないのはわかってるけど、感覚としてはもうそんな感じだ。
「かと言ってやっぱり僕は誰かを愛したことなんてないから、その感覚はよくわからない。
でも自分の存在を求められたことは今までなかったし、だから真っ直ぐな気持ちが嬉しかったんだ。
結局多くない選択肢の中から、自分にとって一番都合のいいものを選んだだけではあったけどね。
出会って数か月の相手との同居は、緊張することもあったけどおおむね楽しかったよ」
「随分思い切った選択だわ。
素敵だとは思うけど、とても真似できない」
「まあ、日々幸せに暮らしている子が真似するものではないだろうね。
そんな感じでまた数か月が過ぎだんだけど、最初に言ったように僕には願望があった。
それは二人にとっては永遠に障害でしかない、まさに呪いのようなものだ」
呪い…… ナギサがそこまでいう願望と言うのはどういうものなんだろう。想像もつかないけど、少なくとも、親に虐待されて育ったことよりも重いことなのは想像できた。
「その願望は進学と無関係ではなくて、受験を強く意識する時期が近付くと僕の心は不安定になった。
このままではまた今年も何もできずに終わってしまう、そんな絶望感ばかり感じていたよ。
毎日のように泣き叫んで、時には暴れることもあった日々、でも彼は僕にこう言ってくれた。
『どんなときでも、この先どんなことが起きたとしても、君を支えていきたい。
君が望むことを叶えたい』とね。
それなのに、そんなことを言ってくれた彼に向かって僕はひどいことを言ってしまったんだ。」
「なんて…… 言ってしまったの……?」
「それはね、『あなたのことを愛しているわけでもない私に何をしてくれると言うの』なんてさ。
まったく今思い出してもひどすぎる話だよ。
そうしたら彼は、『君がしてほしいと思うことを。ただただ君の幸せを望んでいる』ってね。
ありえないと思うだろ? でも本当のことなんだよ」
「すごい…… そんなこと言える人がいるなんて驚いた。
自分への見返りとか打算みたいなものは考えないのかな」
「彼は本当に不思議な人だよ。
これが人を愛するってことなのかと思ったし、出来ることなら僕も愛し返したいと考えた。
でもやっぱり僕にはその愛とか恋という感情が湧いてこなかったし理解できなかった。
だから考えかおかしな方向へずれてしまったのかもしれないんだけどね」
「おかしな方向って?
結局彼を受け入れられなかったとか?」
「最終的に彼の提案は受け入れたよ。
だって、それほどまでに僕を愛してくれる彼と、同じ感情をいだきたかったからね。
でも彼にはさらなる迷惑をかけることになってしまった……」
ナギサの声が小さくなっていく。私は思わず生唾を飲んだ。その直後ナギサが再び言葉を発し、私は椅子ごと後ろへひっくり返るほどに驚いてしまった。
「僕は彼の子を産み、その子を愛することで愛という感情を知ろうとしてしまったんだ」
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