十二・〝梅雨のおわり〟

 家具が一つもない六畳間で、顔を膝に埋め長いことうずくまっていた。

 遠くでピアノの音がする。

 あれはエリック・サティの弾いていたピアノだ。

 主人をなくしたピアノが生前あるじの戯れに弾いた音のかけらを奏でながら、行く場所もなくああしてさまよっているのだ。

 頭をあげ窓を見ると、絵の具を溶いた水入れのような曇り空が目に眩しい。

 梅雨の終わりの雲海を迷子のピアノが一台、雲間を見え隠れしながら飛んで行くのが小さく見える。

 ふと振り向くと、部屋は巨大な倉庫のようだった。

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