八・〝夜営地〟
課長がトラックのエンジンを切り、周囲で恩田さんや矢吹さんがどやどやと立ち上がった。
荷台の振動が止まり我に返るまで、ぼくはずっと時計のことを考えていた。
陽を照り返してゆったり流れる深い河に面した昼下がりの繁華街。河辺には色とりどりの置き時計を並べた大きな骨董品店があり、ショーウインドーにも大小様々な時計が並んでいた。
全ての時計はめいめい勝手な時刻を指している。
しかし全ての時計がまるで連動する一個の古めかしい大型機械のようにカチコチ音を立てて動いていて、それが水藻のたなびく青い川面に半ば溶けかかるようにして映っていたのを今でも良く覚えている。その後世界は夜に包まれ、時計は一つ残らず役に立たなくなってしまった。
森の奥の小さな窪地には共同浴場の廃墟があって、そこでぼくらは野営することにした。
荒れ放題の脱衣場はぼんやり明るい。
見上げると壊れた高い天窓から光沢のある闇が射し入ってくる。
あちこちに壊れた竹篭が散乱していた。壁に作りつけられた戸棚のふたが、幾つも腐った床板の上に転がっている。
脱衣場の隅にぼろぼろになった少年ジャンプの増刊号と週刊大衆が二冊あったので、トラックの後部座席に放り込んでおいた。
奧の湯殿では八木課長と林くんが、軽石のような粗面を剥き出した浴槽の中に荷物を積み上げながら話してる。ふそうのトラックにとりあえず問題はないらしい。
そうしてるうちにチープ・トリックのドラマー、バーニー・カルロスによく似た髭の松枝さんが、戸板の外れた入り口から僕を大声で呼んだ。
「相馬くん。屋根の上に厄介なやつがいるんだけど、ちょっとお願いしていい?」
松枝さんとおもてに出て見上げると、猿のような生きものが数匹、屋根瓦の上にちょこんと座っている。
「あいつらをどうにかしないと、ちょっとここには泊まれないんだよね」
松枝さんは腕組みをして渋い顔をした。
「ーー んで、また俺ですか?」
「だって相馬くんしかいないじゃない。あいつらに事情を説明できるのは」
「あーあもう」
しかたなしに裏のひさしを伝い屋根へよじ登った。
壁のすぐ裏手に切り立った山肌から、白い花を咲かせた灌木が枝を屋根すれすれに伸ばしている。瓦の隙間にも鬼百合が何本か生え、重く頭を垂れていた。
陽も射さないのにどうして花が咲くのか、不思議と言えば不思議だった。
屋根の上の猿たちは、さしわたし5センチもありそうなどんぐり目をしていた。双眸は電球のようにこうこうと光っている。
猿に似たいきものは三匹きちんと並んで座り、瞬きもせず腕組みしたまま睨んでいる松枝さんを不思議そうに見下ろしている。ぼくが近づいても頓着せず、まるで玩具のように微動だなかしない。
子猿たちの横に並んで腰を下ろし、襟を正してから深々と深呼吸した。
こいつらに話を通すには、いつも大層時間がかかるのだ。
― 了 ―
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