ラブコメはゲーミングハウスの中で~プロゲーミングチームのコーチとして選手とゲーミングハウスで共同生活をすることになったんだが、選手が全員美少女とか聞いてない~

バルサミ子

美少女だらけのゲーミングハウス

第1話 拾ってください、ゲーミング無職

「──というわけで、シオン。今週末までに部屋を開けてくれ」

「ふぁえ?」


 シオンこと海堂至恩はマヌケな声を上げて、固まっていた。

 ハムスターなどの小動物は驚きのあまり思考が停止して、フリーズしてしまうことがあるが、シオンの状態もまさにそれだった。


 数フレームの静止の後、シオンは一度大きく深呼吸をしてから、再度情報の処理を試みる。


「社長、それってつまり……このゲーミングハウスから出ていけ、ってことですか?」

「出ていけとは人聞きの悪いことを……」


 社長と呼ばれた人に化け損ねたタヌキみたいな人相の男は、いかにも不服そうな表情でシオンを見据え、


「だがまぁ、そういうことだ」


 ぶっきらぼうに言い放った。


「分かっていない様子だからもう一度言ってやる。プロゲーミングチーム『マッド・ウルブス』はお前に変わって新しいヘッドコーチを招き入れることにした。だから、お前との契約は今期で終わり。今週末で契約が切れるから、それまでにゲーミングハウスから退去するように──もう一度言うか?」

「いや……その必要はないですけど……マジすか?」


 思わず敬語も忘れてしまう程度には衝撃的な話だった。

 

 プロゲーミングチームのコーチは1年契約であることも多く、チームの成績が振るわなければ契約更新は無し──というのは比較的ありふれた話だ。

 20歳ながら、この業界にはそれなりに長くいるシオンは、その辺りの事情は当然理解している。

 理解していたにも関わらず、これだけ驚いたのには理由があった。


「俺のどこがダメだったんですか!? 今期チームは2部リーグですけど、ぶっちぎりで優勝して来期からはトップリーグで戦えることになったじゃないですか!」


 全てが自分のおかげだと言うつもりは毛頭ないが、シオンはヘッドコーチに就任してわずか1年で、ずっと2部リーグで燻っていた『マッド・ウルブス』をトップリーグ昇格へと導くことに成功していた。

 それもそこらのマイナータイトルではなく、今や野球、サッカー等と肩を並べるほどに人気のあるFPSタイトル『アルテミス・スナイプ』通称アルスナで、だ。

 シオンたちの働きは会社に億単位の利益をもたらしたはずだった。


 そのためシオンは当然契約は更新されると確信していたのだが……完全に読みが外れてしまったらしい。


「どこがダメか……という話じゃない。上を目指すために、より優れたコーチを招集することにした──2部リーグしか指揮した経験のないコーチじゃ力不足ってだけだ」


 確かにプロである以上、能力が一番に優先される。

 能力が理由だと言われてしまっては、シオンとしてもお手上げだった。


 ここで下手にチームと揉めてしまい、その情報が外に漏れてしまえば、シオンの今後のキャリアにも関わってくる。

 大人しく引き下がるのが最善──それがシオンの導き出した答えだった。


 「分かりました。早急に次のチームを探しますよ……」


 背中を丸めて自室へと戻るシオンの背中に、労いの言葉が飛んでくることは結局ありはしなかった。



※ ※ ※



 片付けと同時並行で、シオンにはやらなければならないことがあった。

 就職活動という名の家探しである。


 ゲーミングハウスは単なる職場ではない。

 選手やコーチたちは普段、ゲーミングハウスで共同生活を送っている──つまり衣食住を共にする場所なのだ。

 次のチームを見つけることが出来なければ、シオンは本当の意味で路頭に迷ってしまうことになる。


 故に必死。


 SNSでFA(フリーエージェント)宣言をしつつ、知り合いに片っ端から連絡を取ってチームを紹介してもらう──その努力が身を結んで、その日のうちにコーチ募集中の『アテナ・ゲーミング』というチームの関係者と連絡を取ることができた。


 時間がないという事情があったため、速攻で会う約束を取り付けはしたものの……シオンとしては、あまり乗り気ではなかった。

 別のチームの経営権を買い取って、来期からアルスナのプロリーグに参戦することが決まったばかりの新米チームだと聞いたからだ。


 健全なチーム運営ができるのか。

 適切な報酬は払われるのか。


 不安を抱えたまま、シオンは面談場所として指定された『アテナ・ゲーミング』のゲーミングハウスへと足を運ぶのだった。



※ ※ ※



 ゲーミングハウスは郊外にあることが多い。

 複数人が生活するので、それなりの広さが必要となる──というのが主な理由だったりする。

 『アテナ・ゲーミング』も例に漏れず、都内近郊のいわゆるベッドタウンの一角に拠点を構えているらしい。

  

 最寄りの駅に降り立って、運動不足のシオンの足で歩くことおよそ15分。

 残暑に身を焼かれ、汗が滲み始めた頃に見えてきたのは3階建て、築20年かそこらの比較的新しいアパートだった。


 意外といい環境だな、と言うのがシオンの素直な第一印象だった。

 規模の小さなゲーミングハウスだと相部屋なんて事もザラにあるが、少なくともこの規模のゲーミングハウスなら、個室が割り当てられそうだ。

 

 好印象を抱きつつ、アパートの入り口へ。

 

「おお、マジか」


 驚いたことにこのアパートは、なんとオートロック付きだった。

 もしや、この『アテナ・ゲーミング』というチームは結構大きな母体が、結構本腰を入れて運営しているんじゃなかろうか……シオンはそうあって欲しいという願望込みで推測していると──


「ねぇ、何か用?」


 などと余計なことに思いを巡らせていていると、背後から初夏の風のような爽やかな声。

 眼前の建物に夢中になって、裏どり警戒を怠っていたシオンは、反応が遅れてしまった。

 ぎこちなく振り返れば、ブルーブラックのショートヘアが印象的なコンビニ帰りと思しき少女が怪訝そうな目をシオンに向けていた。

 

「ああ──面談に来た人? もしかして」


 一瞬、場所を間違えたか? という考えがシオンの頭をよぎったせいで、返答にラグが生じてしまったのだ。

 処理落ちしかけた脳をフル回転させた結果、この少女は、『アテナ・ゲーミング』の関係者らしい──という至極真っ当な結論にシオンはたどり着いた。


「面談に来たシオンです。約束の時間より少し早いけど……」

「おっけー、ちょっと座って待ってて。なぎささん呼んで来るから」


 言い残して、少女は颯爽とアパート奥の階段を駆け上って行ってしまった。

 『なぎささん』という名前に聞き覚えはなかったが、おそらくここの責任者なのだろうとシオンは推察していた。

 

 言われた通りエントランスに備え付けられたソファに座っていると、階段の方からコツンコツンと甲高い音。

 その音に続いて現れたのはスーツ姿の女性。


「初めまして、シオンさん。『アテナ・ゲーミング』総合責任者の夜霧なぎさと申します」

「は、初めまして。海堂至恩と申します」


 隙がなさそうな印象とは裏腹に、わずかに幼さの残る整った顔立ち。

 おそらくは同年代くらいだろうとシオンは目算をつけた。


 その年齢でプロゲーミングチームの総合責任者というのも驚きだが、更に驚いたことに、シオンは夜霧なぎさという女性の名前に聞き覚えがあったのだった。


「あの勘違いでなければ、夜霧さんって確か──」


 シオンの言わんとしていることに気が付いたのだろう。

 なぎさは少し恥ずかしそうな、バツの悪そうな笑みを浮かべて頷いた。


 『美人過ぎる女子高生実業家 夜霧なぎさ』

 確か5年ほど前だったか、そのビジュアルと穏やかな物腰で、バラエティー番組やワイドショーなどで見ない日はないほどの人気を誇っていた人物だとシオンは記憶していた。

  

「──あれは黒歴史なの。できれば触れないでもらえると助かるわ」

「あぁ……なるほど」


 どうやらシオンには計り知れない苦労があったらしい。


「さて、少し話は逸れちゃったけど本題に入らせてもらっても大丈夫?」

「ええ、お願いします」


 咳払いをひとつ挟んで、なぎさは淀みなく言葉を並べ始めた。


「シオンさんには『アテナ・ゲーミング』アルスナ部門のヘッドコーチになっていただきたいと考えてます。詳しい契約条件についてはこちらを──」


 なぎさから手渡された資料に目を通していく。

 契約期間は1年で、試用期間は1カ月。

 シーズン中はゲーミングハウスで生活し、その間の食費や光熱費などの生活費全般は会社負担──というプロゲーミングチーム特有の契約項目はあるが、他に特段気になる点はなかった。


 そのまま読み進めて最後の一枚──となった所で、シオンの読む手が止まった。


「あの──これ、本当ですか?」


 何かの間違えではないかと思い、なぎさに尋ねる。


「間違いではありませんよ。年俸800万プラス出来高──妥当な額だと考えています」

「妥当……ですか」


 苦笑するシオンの顔は完全に引き攣っていた。

 提示された800万という額があれば、下手すればトップリーグ上位のチームからコーチを引き抜けるだろう。

 2部リーグのチームを指揮した経験しかないシオンに提示するには、あまりに過ぎた額だった。


「ご存知の通り、我々は来期から初めてプロリーグに参戦する新米です。そんなチームにわざわざ来ていただくのですから……少しくらい美味しい思いをしてもらわないと割に合わないでしょう?」

「少しくらい……ですか」


 今のシオンの年俸は400万。2部リーグのコーチの中ではもらっている方だ。

 しかし、なぎさは、『アテナ・ゲーミング』はその倍額を支払うと言う。

 シオンの中から断るという選択肢はほとんど消え去っていた。


「とは言え、誰でもいいと言うわけではありませんよ? シオンさんにはどうしてもウチに来て欲しいので、この額を提示させていただきました」

「どうしても、ですか?」

「どうしても、です」


 我ながらチョロいな、とシオンは心の中でため息をつく。


(騙されたんなら、その時は俺の人の見る目がなかった──そう思うことにしよう)


 覚悟を決めたシオンは真っすぐになぎさを見据え、


「『アテナ・ゲーミング』のヘッドコーチ、全力で努めさせていただきます!」


 高らかに宣言した。



※ ※ ※



 契約書に判を押せば、契約完了。


「控えを渡すから付いてきてちょうだい」


 なぎさの口調も先ほどよりも砕けたものになり、張り詰めていた空気も今は弛緩していた。


 目的地は3階だと言っていたが、2階まで登ったところでなぎさは唐突に立ち止まった。


「そうそう、控えを渡すのも大事だけど、こっちの方が大事よね」

「大事なこと──ですか?」

「これから一緒に戦う選手の皆を紹介しないと」

「確かに……気になりますね」

「皆上手だし、いい子だから」


 シオンは実力はあまり気にしていなかった。

 どんなチームであろうと、所属している選手で最高の成績を打ち出せるように戦略を練るのがコーチの仕事だからだ。


 気になるのはむしろ、人格面の方だった。

 ワガママであったり、短気であったり、ネットですぐ炎上したり……性格に難を抱えるが故に大成できないプロゲーマーは多い。

 人格を矯正するのは、相当に骨が折れる。


「ちょっと待ってね」


 なぎさはそう言うと、『練習室』と書かれた札がぶら下げられた部屋の扉をゆっくりと開く。


「今大丈夫──休憩中?」


 なぎさは中にいる選手と何度か言葉を交わすと、シオンを部屋へと手招きした。

 誘われるがまま、部屋へと足を踏み入れるとそこには──


 女性しか、いなかった。


「あの……夜霧さん。これは一体……?」

「あら? 言ってなかったかしら。『アテナ・ゲーミング』の選手は全員女の子──日本で唯一の女子プロゲーミングチームなの」


 美味い話には裏がある──シオンはこの言葉の意味を今、嫌と言うほど体感した。

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