【6人目 小児科医の男】

細い銀縁のメガネをかけた若い男は、神経質そうに眉を顰めて周りを伺いながら入って来ました。


「僕は小児科医をしているんですが、先日手術をした子が亡くなったんです。


あ、いえ、医療ミスではなく…


臓器移植が必要な重い病気だったんですが、無事ドナーが見付かり手術は出来ました。



シングルマザーの母親と二人暮らしの少年だったんですが

退院後、母親が運転する車が飲酒運転の車と衝突して、2人とも即死でした。


それが私の罪悪感を増幅するのです。


実は彼が移植した臓器には、もう1人適合者が居たんです。


彼は院長の息子さんで、お金もあり、大きくて豪華な個室で生活していて

方やシングルマザーの家庭のお子さんで、まだ幼く、古くなったおもちゃで永遠と遊ぶ姿を比べると

私はどうしても貧しい家庭の方に同情してしまったのです。


本当はどちらも適合していたのは分かっていましたが、私はシングルマザーの家庭の子だけが適合したと

改竄された嘘の書類を提出しました。



あ、私が改竄した訳ではありません。



届いた書類が改竄されている事に気付いたんですが、それを言わなかっただけです。

改竄した人物にも心当たりはあったので、尚更告発する気にはなれませんでした。

 

結果、彼の手術は成功しましたが、院長の息子さんの方は急速に病状が悪化して亡くなりました。


私は、自分の感情だけで『命の選択』をしてしまったのです。


この亡くなった院長の息子さんが凄く優秀で

まだ10代なのに、がん細胞を死滅させる細胞の培養研究の論文が学会で評価され

自分の病気さえ治れば、この世から癌をなくせるかもしれないと期待されていた人だったんです。


私は息子さん本人だけでなく、これから彼が救うはずだった癌患者の命まで奪ってしまったのかと思うと

懺悔せずには居られないのです」

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