第108話 魔王の残滓を纏う亀

 不幸中の幸いというのかなんというのか、会議中に発生したので、戦闘予定である俺とその家族は全員揃っている。

 俺はレガリア達にディアへの指示を任せ、すぐに目撃場所へ向かった。

 

 移動中、頭の中にあるのは、敗北したあの化け物の姿。

 

 俺たちはこれから、アレか、アレと同格の化け物の相手をする事になる。


 正直、震えが来なくもない。


 アレは別次元の化け物だった。

 だが、ヴィクトリアさんとの戦いで掴んだ事もあるし、あの時よりも強くなった。


 ルールーの話では、ヴィクトリアさんは全力ではあったが、全力なのは力だけで、致命傷にならないように加減しているのを何度か見かけたと言っていた。


『ルールー達・・・というより、ヴィヴィアンの為に破壊衝動で膨れ上がる殺意を必死に抑えて加減していたの。』


 というのが、推測だった。


 加減されて全員で戦い、ようやくの勝利・・・か。


 果たして、殺意の衝動そのままの、破壊の権化に通用するのだろうか?


 あの時敗北した化け物は、ルールーが全力で戦っても消耗させるのが限界だった。

 俺の攻撃など、奴にしてみればそよ風のようなものだっただろう。


 だが、今は。


 あの時と違い手に入れた力がある、技術がある、覚悟がある。


 愛すべき家族もいる。


 もう、無様はさらせない。


 奴がリーリエの言う通りであれば、あの化け物を倒さねば、俺たちに未来は無い。


 惜しむらくは、サマーニャ様が仰っていた師となる者達の教えを受けられなかった事だが・・・仕方がないだろう。


 やれる事をやらなければ!


「シノブ殿!まもなく遠見の魔法で化け物を確認した地点です!」


 俺は探索班の獣人の声で意識を戻す。

 どうやら、考え込み過ぎていたようだ。


「ディアからこの速度で概ね1日か。奴がどれだけ接近してきているかが問題だな。」

「遠見の魔法は魔力量で見られる距離が変わるけど、使用したのはエヴァンズよね?」

「はい、そうです。高台から使用しました。平地を移動する黒い亀のような生き物がこちらにゆっくり向かって来ていたそうです。」

「彼なら、遮蔽物が無ければ100キロくらいは見える筈よ。平地から来ているのはラッキーだったわね。これが山岳地帯からだったら、発見が遅れて取り返しの付かない事態になってたかも。」


 エヴァンズというのは、探索班のリーダーであるエルフの戦士だ。

 彼の判断は的確で、おそらく現在も移動せずに監視を続けているだろう。


 そしてレイリーの言葉に、俺は頷く。

 だって、そうだろう?


 あの化け物と同列の化け物だ。


 いざ戦闘となった時、数キロなど誤差のようなものなのだから。


「着きました!」

「おお!シノブ殿!お早いお着きで!!」


 難しい顔をしていたエヴァンスが笑顔で迎えてくれた。

 その他の面々もホッとした表情となった。


 案内の為に、高速で移動し続けた獣人の女性であるセラは息が上がっている。

 かなりのハイペースだったからな。


 もっとも、


「あ、あれだけの速度で昨日から移動してまだ余裕があるなんて・・・流石はシノブ殿とそのつがいの方々・・・凄いわ・・・」


 驚愕の目で見られているだのだがな。


 だからと言って疲れていないわけでは無い。

 ある程度は身体を休めなければいけない。


「どこまで来ているのぉ?」

「はい、姫様。奴は発見時より概ね50キロ位移動しました・・・こちらに向かって。」

 リュリュの疑問に人魚のピピが表情を引き締め答える。


「てこた〜なんだ、奴がここまで来るとしたら明日かい?」

「へい!キョウカの姉御!」

 

 そして続くキョウカの言葉に、鬼族のギンジが威勢よく答えた。


「いつまでこのペースが続くのかもわかりませんね。もしかしたら早める可能性もありますよね?」

「そうですね、チユリさんの言う通りでしょう。わたくしは、本日は野営し身体を休め、明日の早朝にこちらから平地で陣取り迎え撃つのが良いかと思いますわ。そう言えば、この周囲に生き物や魔物はいたのでしょうか?」

「いや、いない。この周囲はあたしとギンジで確認済みだ。」


 ヴィヴィアンに答えたのは魔族のジュリアだ。

 彼女も、魔族の中では強力な者の一人だ。

 その彼女が以前目撃した時は動けなくなるほどの相手。


 今も緊張しているように見える。


「ふむふむ。ヴィヴィアンの案で良いと思うの。明日は起床後、ルールー達でここから2キロ位先で陣取って、後詰でエヴァンス達が状況を監視。で、ルールー達に何かあったら、すぐにディアに戻って避難を促して、なの。」

「ですが・・・」


 ルールーの案に、エヴァンス達は難しい顔をする。

 おそらく、逃げたくないのだろう。

 だが、


「エヴァンス?あなた方はディアより選抜された実力者達です。私達に万が一があった場合、一番頼れるのはあなた方なのですよ?私達の戦闘をつぶさに確認し、万が一があった時に役立てて下さい。」

「リーリエ様・・・」

「エヴァンス、俺も同じ思いだ。万が一があった時、ディアを頼む。」

「シノブ殿・・・はっ!了解しました!」


 よし、これで心置きなく戦えるな。



 俺たちはその日はそのまま奴を監視しながら野営して、早朝には準備を終え前進。


 奴を迎え撃つ事にした。


 数時間後。


 視界に入ったのは、ヤツの巨体だ。


 黒いオーラを纏いながら悠然と前進を続けるデカい亀。


 こちらには気がついているだろうに、気ままなものだな。

 だが、


「ここから先は通さん!」


 俺達は力を全開にする。

 その瞬間、


「グォォォォォォォォォォッ!!!」


 ヤツから凄まじい絶叫が放たれた。

 衝撃がこちらに届く。


 叫んだだけでこれとはっ!!


 だが、負けられん!!

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